昼は太陽に照らされて輝く黄金色の砂漠が見える。夜は月に照らされて輝く白銀色の砂漠が見える。
砂漠の砂はその手から滑り落ち、何もこの手には残らない。
ただ、この手には何も残らなくとも、彼らは自分を覚えていてくれるという事実さえあれば、どんな苦しいことも乗り越えられよう。
『時は円環のように繋がっていると思いませんか、ファラオ』
懐かしい言葉を思い返して、噛み締めるように小さくその言葉を暗唱する。
『肉体が死んだら来世に蘇るのです。記憶はないかもしれませんが。ファラオはいつでも輝いておられるから、知らぬ間に私を側に引き付けなさるに違いない』
そしてこの言葉を彼は自信満々に語っていた。
『まあ、この私がアテムの魂を見失う訳がない。何度生まれ変わっても本能的に探し求めなければおかしい』
おかしい、とまで言い切ったあの男のことだ。 未来でもあの男がサポートしてくれるのだとすれば自分にはなんの心配も要らない。
自分は単に自己犠牲したのではなく、あの場を救う光を求めに未来へ旅立つ。
いまこの最後の瞬間…。記憶を失う前のこの瞬間に願うならば…。
千年錐よ、願わくばセトに光あらんことを。
父は戦場で死んだとされ、家族というものを持たなかった彼の来世には光を…
…おかえりなさいませファラオ。
記憶の戦いが終結し、帰還したアテムを迎えたのはセト、シモン、アイシスであった。 やはりあの戦いで命を落とした彼らは存在しないのだ。 シャダ、カリム、アクナディン…。
「帰って、きたのか」
アテムは振り返った。ブラックマジシャンに憑衣したマハードが大きく頷く。 セトはアテムに歩み寄り、手に携えた千年パズルをアテムに差し出した。
「お待ちしておりました。…私に再びファラオと呼ばせて頂けませぬか」
セトの青い双眸が瞬き一つせずにアテムを見つめた。
「だがエジプトはおまえが成長させてきた。セトが王のほうが…」
「いいえ。私は幼い日、あなたと共にあり全てを捧げようと誓ったのです」
「いや、オレには何一つ国のことは出来やしない…」
シモンがアテムの手を取る。
「ファラオにはファラオの、セトにはセトの得意分野がありますぞ。共同統治なさればよい」
目を見開いたアテムにセトが微笑んだ。
「ファラオは民に身を尽くされる傾向がありますから…。私は民以前に、あなたに身を尽くすことで頭も手も一杯ゆえ」
「セト…!」
「闇はあなたをしりぞけて私を王にと望みました。 しかし私には王になるより、あなたへ尽くすことのほうに興味がある。 あなた無しの世界など、私の思うままになりすぎてつまらないものでしたから」
ククク…と口端を上げたセトを見てアイシスが笑った。 シモンもやれやれとため息をつき、マハードは「セトらしいな」と呟いた。
「わかった。オレは再びファラオとなろう」
千年パズルを我が身に引き寄せて、
「オレが帰ってきたからにはセトを退屈させやしないぜ」
とアテムが笑えば、セトは望む所だとばかりに不敵な笑顔を見せた。
神官達から離れた柱の影にちらりと空色の髪が見えた。 色素の薄い肌に、海のような鮮やかな碧色の瞳を宝石のように輝かせている精霊と視線が交わった。 マハードと同じように、強い魔力を持った者にしか見えない魂である。
―――どうかセト様をよろしくお願い致します、ファラオ…
アテムが頷き返すと、精霊は頭を下げ、竜の姿に変わって大空へと舞った。 竜の後姿を見送って、アテムはセトを見た。
マハードと同じくあの精霊も三千年の間セトの魂を守り続けているのだろう。 初めて海馬瀬人という人物に会ったとき、あれがセトの生まれ変わりとは気付きもしなかった。
それもそうだ、闇のゲームの中でキサラであるはずのブルーアイズホワイトドラゴンは彼に従うことがなかった。
当時記憶のなかった自分や、本来の魂の力を失っていた海馬の目には見えなかっただろうが、キサラは側で泣いていたかもしれない。
カードをポケットから出したり、人から無理矢理盗んだりする行動を悲しんでいただろう。
だがそののち彼は本来の魂を取り戻した。
(おまえは三千年経ってもちっとも変わっちゃいなかったな)
しいていえば違うのは、人前でファラオと呼び敬語を使うモードがないことだけだろう。 二人だけのとき、自分に対するものはまったく同じ。
(最初のころはモクバに『兄さまが狂った』なんて言われてたっけな)
マハードの苦労も、キサラの苦悩も今ここに報われたのだ。 アテムの魂は戻り、そしてまた生まれ変わってセトと出会う。 この輪廻は止まらず、二人を見守る精霊たちもまた何度も主を守ろうと戦う。
「セト、オレたちはいつまでも共にあるぜ」
アテムの手がセトの頭巾を外した。
不思議そうに見下ろす碧い目、亜麻色の髪、なにひとつ来世の彼と変わらない。
「勿論です」
ふと、セトが耳元で囁いた。
「永遠に私のものだ」
アテムは頬を染めつつ、彼を振り返る。
「さあ民が待ってるぜ、オレたちを!」
神官たちとファラオは歩き出した。 その後ろに竜が控え、途中の廊下からマハードの弟子が加わる。
兵士たちの驚嘆の声を一身に受けながら、千年パズルとセトの頭巾を手にした小さな王はバルコニーに足を踏み入れた…
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