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天球ギャラリー

小説、イラストの保存庫です。
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花嫁は勇者様7

翌日の昼にはサラボナに到着することが出来た。

サラボナの町の門には守衛と使用人が詰め掛けており、フローラが訪れるとすぐにルドマン邸に連絡が行った。
使用人がフローラだけを連れて行こうとすると、フローラは強く言った。

「この方々はお父様の依頼した傭兵ではありませんわ。
お手紙を出したはずです。
私を護衛していた隊商が全滅したとき助けて頂き、ここまで私を連れてきてくださった命の恩人なのです。
この方々をお父様に会わせたいのです」

令嬢にそう言われては使用人は否とは言えない。
リュカはマーリンたちに宿にいくよう頼み、代表でリュカだけルドマン邸に同行することにした。

ルドマン邸はサラボナに入る前から見えるほど大きく、まさにサラボナのシンボルであった。
このサラボナの町は大商人ルドマンのお膝元、ルドマン家のためにある町と言っても過言ではなかった。
教会の前を通り、噴水の前を通り、白く美しい門をくぐると壮大な屋敷の玄関が見えた。

「おかえりなさいませ、フローラお嬢様」
「お父様はどちらです」
「居間にいらっしゃいますわ」

ラインハット城よりも豪奢なのではないかと思える室内装飾――
足元の赤い絨毯、壁には優美な風景画、天井は金箔で模様が描かれている――に目を取られながら、メイドに頭を下げ、リュカはフローラの後について歩いた。

居間に入ると大柄な老齢の男とそれより僅かに若そうな婦人が椅子に腰をかけていた。

「おお、フローラ…!よくぞ帰った!」

立ち上がって娘を抱擁するルドマンを、娘は遮って後ろを振り返った。

「ただいま戻りました、お父様。
あの、あちらはお手紙にも書きました、命の恩人でここまで送ってくださったリュカさんですわ。
他の方は宿屋に行ってらっしゃいます」

ルドマンはリュカを見た。
リュカはその目が厳しく、自分を品定めしているような雰囲気を漂わせていることに気付いた。

「娘をここまで傷ひとつなく送ってくれたことには礼を言おう。
だが、わしはこれから忙しい。娘が帰ってきたとなれば婿選びで忙しくなるのだ。
客人、申し訳ないが落ち着いてからまたサラボナを訪れてくれまいか。
そのときには大いに歓迎させてもらおう」

「お父様、リュカさんはお父様に見ていただきたいものが」

「おまえは部屋に戻りなさい。今日はもう疲れただろう、早く休みなさい。
誰か、客人を宿屋まで送って差し上げてくれ」

フローラの背をメイドが押し、リュカの手を別のメイドが取り、二人は別々の方向へと連れて行かれたのであった。



宿に帰ったリュカは一部始終をマーリンとピエールに話すも、ルドマンの言うことはもっともであると思った。
だが、ピエールの提案でフローラの婿選びの様子を少し見てからサラボナを離れることに決めた。

「フローラの結婚相手か…」

リュカはベッドに横になりながら、天井に手を伸ばした。
昨日まではこの手が届く所に彼女が居たのに。
彼女に一番近い男は、この自分であったのに。
もう彼女に手が届くことはない。
このサラボナという町自体が、自分とフローラの間に挟まる最大の砦なのだ…
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花嫁は勇者様6

フローラが目を覚ましたのは日が暮れてからで、彼女は用意された夕食を見て申し訳なさそうに頭を垂れた。

「ごめんなさい…!
リュカさんを守らなきゃって思って飛び出したのは覚えてるんですけどその後全然…。
気を失ってしまって…足手まといになって本当にごめんなさい」

「いやいや、そんなこと全然ないから!
ほら、冷めるから食べて、僕の料理じゃ口に合わないかもしれないけど」

リュカはあえて天空の剣のことは話さなかった。
彼女が自分のことを、旅においては役立たずで、家においては相続の景品のように扱われている気がすると思い込むのだとしても、今すぐ彼女に先ほどのことを尋ねることは…リュカにはできなかった。



疲れたフローラを馬車で休ませながら、リュカは少しはなれた場所で星を見上げながら物思いに耽っていた。

あれは一体なんだったのか…考えても答えは出ない。
なだらかな平野と立派な白い橋が織り成すサラボナ近辺の美しい景色と月明かりの下で、腕を組んで難しい顔をしているリュカにマーリンが話しかける。

「フローラのことじゃな」
「…そうだよ」

フローラが倒れた後、駆け寄った時にはもう髪はすっかり青に戻ってしまっていたが、一度抜き放たれた天空の剣は鞘には戻っていなかった。
リュカがフローラを優先して、とっさに剣を拾い上げて鞘に戻してしまうと、その後どうやっても剣を抜くことは出来なかった。
剣の達人であるピエールでも、もちろんリュカでも誰でも剣を抜くことは出来なかった。
そう、サンタローズの父の研究室にもそういった日記が残っていたのだから間違いない。

父は自分が装備できないことを非常に悔しがっていた。
この剣は…選ばれし勇者にしか自分を鞘から抜くことを許さない誇り高き剣なのだ。
その勇者は、自分ではないとわかってしまったからだ。
父も、リュカも、その勇者を求めて大陸を彷徨ったが、この剣に相応しい勇士は誰一人居らず、どんな屈強な豪腕男にも鞘と剣を分けることは出来なかった。
それが、記憶にないとはいえこの細くて折れそうな腕をした、戦いに向かないお嬢様が鞘と剣をたやすく分けてしまった。

前のほうで倒れていたピエールは見ていなかったが、メタルライダーを一閃したこの剣の切れ味をリュカとマーリンは目の前で見た。
あの剣には彼女の腕の細さなど関係ないようだった。
まるで、御伽噺に出てくる魔法の剣のように、彼女を害そうとするものをたやすく切り裂く…
勇者のことを屈強な戦士に違いないと思い込んでいたが、彼女が見せたあの彼女でないような表情、燃えるような瞳、人間とは思えない輝いた髪の色、そして何より天空の剣がなんと似合うことか。
リュカは悔しいことに、あの状況においては、驚きと緊張に支配されて一歩たりとも動けなかった。
フローラなのか、フローラではないような彼女の放つ凛とした神々しい雰囲気に圧倒されたのである。

それに、彼女が唱えた回復魔法はベホイミではなかった。
その場の仲間全員を回復させてしまうほどの大魔法をフローラが使えると述べたことは今までなかった。
ベホイミ、マヌーサ、ラリホー、ルカナン…修道女らしい補助魔法ばかりを習得していた彼女は、もっと魔法の勉強をしておけばよかったと後悔を口にしていた。
マーリンが使える攻撃魔法を少しでも習えないかとまで言っていたほどである。

「あれは、フローラじゃが、フローラではないのかもしれん」
「どういうことですか」
「伝説に残る天空の勇者は、自分が最初から天空の勇者だとは知らなかったんだそうじゃ。
魔物から狙われ、お前が天空の勇者か、と問われて知ったと…」

もうサラボナは近い。

フローラが伝説の勇者だとしたら…それはフローラを死と隣り合わせの戦いに巻き込むことになるということだ。
サラボナで彼女の親が認めた男と穏やかな暮らしをするほうが彼女には似合う、リュカはそう思い始めていた。

その男は自分では決してないだろう…。

彼女に自分と同じような苦しく険しい道を、剣片手に血に濡れながら生き抜くということを強制したくなかった。
あんなに彼女が誰かと結婚してしまうことにざわめいていたリュカの心は、湖面のように静かであった。

フローラのために、この残酷な事実は黙っておこうとリュカは決めた。

彼女は非常に徳が高く恩に厚い人だから、自分だけが天空の剣を使えるなどと知ってしまっては、絶対にサラボナにおさまってはくれない。
それこそ世界の為に身を粉にする決意をしてしまうに違いない。
それに、彼女は魔物から狙われるようになるだろう。
あの忌々しい光の教団、ゲマや偽皇后のような凶悪なモンスターに付け狙われるようになってしまう。

彼女には…剣より花を持っていて欲しい。
血に濡れた獣道を知ることなく、純粋無垢な微笑で佇んでいて欲しいから。
自分も、きっと父であるルドマンさんもそう思うだろうから、と。

リュカはその旨をマーリンに話した。
夜である上にフードを被っているからマーリンの表情はつかめなかったが、わかった黙っておこうと了承を得ることが出来た。

しかし、その了承の後にマーリンは小さく呟いた。

「果たして、それで本人が納得するかはわからんが…」

花嫁は勇者様5

その翌日、一行はトンネルをくぐってサラボナ側に出た。
サラボナ側にはルラフェン側よりも強いモンスターがあふれていた。
先に出発したであろう商人たちも予想外の敵の多さにあきらめてトンネルを戻っていったくらいだった。

巨大な金色の象、鳥のようだが足がないキメラ、涎をたらした怪物ベロゴン、鎧を着込んで槍を振り回すランスアーミー…挙げ切れないほどサラボナ周辺のモンスターは手ごわかった。

「マヌーサ!」

フローラが御者台から魔法を唱えると、マーリンのベギラマとリュカのバギマがランスアーミーをなぎ倒した。
プックルの牙が魔物使いの首を捕らえ、スラリンのブーメランが空に舞う。

「いい連携だ」

リュカはそう仲間を褒め称えた。
と、そこに矢が飛んできて、リュカは体を地に転がした。

殺人ロボット…メタルハンターだ。
その後ろには爆弾岩とキメラも見える。

リュカの合図でスラリンのブーメラン、ピエールの剣、マーリンのメラミが火を噴くが、キメラのベホイミがメタルハンターを回復させてしまう。

「プックル、キメラだ!」
「ガルル!」

プックルがキメラを追おうと地を蹴ったそのとき、ブーメランが刺さった爆弾岩がゴロゴロとこちらへ転がってきた。

「あぶない!!」

そう叫んだのはリュカだったかフローラだったか。

爆弾岩の爆発はプックルとピエールを直撃し、そこよりわずかに後方にいたリュカとマーリンとスラリンにも大きくダメージを与えていた。
爆風が過ぎ去ってリュカが見たものは、立ち上がることが出来ないほど負傷した自分たちと、動かない前線のふたりの姿、そして…

「あ…」

リュカの前にはメタルハンターが立ちはだかっていた。
父の形見の剣で必死にメタルハンターの斬撃を反らすも、いつまでも反らせる自信はなかった。

「リュカァアアア!」

マーリンの悲痛な叫びが響くのと同時に、鈍い音がしてメタルハンターの剣が止まったのを知った。

リュカが目を開けると、目の前には何かを一生懸命両手で支えて剣を食い止めるフローラの姿があった。

「フローラさん…!」
「リュカさん、大丈夫ですか…っ!」

リュカはそのとき我が目を疑った。
フローラが両手で盾の代わりにしているものは、馬車の中においてきた天空の剣であった。
もちろん剣を抜いたわけではない。鞘の部分である。

しかし、リュカとマーリンはさらに目と耳を疑った。

「やああああああああっ!!!」

フローラのヴェールが強い風圧でふわりと吹き飛んだ。

彼女は…天空の剣の鞘から剣を抜き放ってメタルハンターを一撃で真っ二つに切り裂いた。
剣を慣れた手つきで構え、足を少し後ろに下げてから少し呼吸を整え、フローラとは思えないダッシュでキメラに向かって飛びかかり、羽を切り落としていた。

着地してリュカたちのほうを振り向いたフローラの髪は、彼女自身から発せられているらしい風に流されながら、太陽を浴びた葉のような緑色に輝いていた。
その瞳は太陽のように燃えて赤く、倒れたプックルたちを見つめる表情はフローラではなかった。
手には鞘から解き放たれた天空の剣が生き生きと煌いていた。

リュカが何かを言おうとすると、フローラらしき人物は空に手をかざした。
するとリュカたちの傷はたちまち癒え、倒れていたプックルとピエールの傷まですっかり癒えてしまっていた。

「フローラ…君はいったい」

リュカの呟きに答えることなく、彼女は糸が切れたように地に倒れてしまった。
慌てて抱き起こしにいくと、彼女は深い眠りに落ちているようであった。
髪の色は空色に戻っており、どの一本たりとも緑色ではなかった。

「いったい…なんだったんだ…夢…?」

しかし、リュカの目の前には真っ二つに切られたメタルライダーとキメラの姿、そして鞘に戻されることなく刀身を日に晒している天空の剣の姿があった…

花嫁は勇者様4

夜になって、リュカたちは野宿の準備を始めた。
比較的安全な場所なのもあって調理に時間がかかっても大丈夫な塩漬け肉を取り出すと、それを横から白い手が伸びてきてぱっと持っていった。
リュカは驚いて彼女を見た。

「私がやります。馬車に乗ってた時間が長いほうが、こういうときはお役に立ちますわ」
「そんな…悪いよ」
「いいえ。やらせてください。こう見えても料理は慣れてますの。
代わりにリュカさん、お水を汲んでくださいませんか?」

フローラは慣れた手つきでてきぱきと塩漬け肉を食べられる状態にし、石と枝を集めて火を起こし、どこから見つけ出したのか馬車に積んであった鍋をさっさと火にかけた。
肉を煮込む間に近くの野草を手にとって検分して鍋に放り込んだりと、彼女はリュカよりもはるかに料理が上手だった。

フローラの手料理はスラリンやピエールにも好評で、彼らのおかわりでリュカの分がなくなりそうであった。
一緒に料理の片づけをしながらリュカは横目で彼女を見た。

暗い中だが、炎に照らされて綺麗な顔の輪郭が見える。
野宿で砂と泥に囲まれても彼女の顔は美しかった。
ふと、その海のような瞳がリュカの方を見たので、二人は目が合った。

「どうしました?」
と、フローラ。

「あ、いや…。料理うまいんだなと思って」

彼女は嬉しそうに微笑んで、スラリンから落ちた毛布をかけなおした。

「サラボナにいた頃いろいろと習いましたから。
あの頃はお料理よりお菓子のほうが好きでしたけど。みなさんのお役に立ててよかったです」

同じ年頃の女の子と旅をする…そこで思い出したのはビアンカのことだった。
こんな大規模な旅なんかではなかったけれど、アルカパからレヌール城まで八歳と六歳の子供が二人で夜中に冒険にいくなんて、自分が親の立場だったら止めるに違いない。
ビアンカはあれもこれもやりたがって教えたがる面倒見のいいお姉さんだった。

それに対してヘンリーは…いまでこそ毒の抜けた親分だが、しばらくは拗ねた王子様だったから、リュカはヘンリーの分までやってあげたものだった。

大神殿から抜け出した後は、旅なれたリュカが自然とパーティリーダー的な役割になっていた。
誰かに習うことより、誰かにされることより、することのほうが多くなっていた。
そしてそれが当然だと思っていた。

「…リュカさん?」
「ああ、すみません、誰かに料理を作ってもらうなんて久しぶりすぎて」
「いつもリュカさんが作ってらっしゃるのね」
「そうなんです。ピエールとマーリンは料理は専門外だし…」
「うふふ、じゃあサラボナに着くまでリュカさんはお料理禁止ですね。私の仕事ですから」
「え!」

ニコニコと彼女は笑った。
その微笑は闇にまぎれてあまりよく見えなかったけれども、リュカはその日驚くほどよく眠れたのであった。



それから料理はフローラが作るようになり、リュカはフローラの手伝いをするようになった。
優しく、時折面白い冗談も言い、ふんわりとリュカの心を癒してくれるフローラにリュカは感謝をしてもしきれなかった。
そしてそれは感謝の域を超えて、マリアの時以上にフローラに惹かれている自分に気付くまでにそう時間はかからなかった…

彼女と二人きりで話せる食後の時間は何よりも楽しかったし、安心して背中を任せて戦えることの喜びはいつにも増してリュカに自信を与えた。
彼女がずっとこの旅に居てくれたら…そう思って、ヘンリーのことを思い出した。

(この人に旅をしなきゃいけない理由はない…)

サラボナが近くなれば本当は嬉しいはずだったのに、フローラと別れることになるのが辛くて、地図を見る頻度が減っていった。
もっと彼女の声を聞いていたい、もっと彼女を見ていたい。
リュカの想いとサラボナへの距離は反比例していった。



サラボナへ抜けるトンネルの前に宿はあった。

そこは人でいっぱいで…なぜかといえば、この間の隊商が全滅したこともあって皆ルラフェンのほうへ行きたがらずここに留まっているのだという。
商人や傭兵の間を抜け、修道女と旅人と騎士と老魔術師という奇妙な四人組はテーブルについた。
料理を頼んでから周囲の会話に耳を済ませると、どうやらフローラの話題で持ちきりらしかった。

「きいたかい、ついにお嬢様を呼び戻したんだってよ!」
「嫁にしようって行く奴らは多いだろうなぁ」
「フローラお嬢様はサラボナ一、いや世界一の美女って聞くぜ。結婚すればルドマン家の財産もがっぽりだぜ」
「おまえなんかがお嬢様と結婚できるかよ~」

リュカがフローラを見ると、フローラは聞いてないふりをしたいようで、落ち着きのない様子で飲み物の氷をスプーンでかき回していた。

「なんでも、ルドマンさんはお嬢さんと結婚した人に天空の盾を授けるって言ったらしいぜ!」
「なんだって?!」
「お嬢さんが帰ってきたら花婿選びをするらしいな。
こりゃー面白くなりそうだぜ。ルラフェンいかねえでサラボナに帰るか」

男たちが荷物をまとめて出て行くと、フローラはため息をついた。

「もうそんな話になっているのですね…」
「フローラさん…」

リュカはどう声をかけていいのかわからない。
望まない相手と結婚させられるかもしれない、自分が卑しい目で見られて競争の景品になる…そんな想いはしたことがないし理解しようにも出来なかった。

「…考えても仕方のないことですわ。最初からわかってましたし…」

そう呟くフローラだが、その呟きはリュカへの説明ではなく、自分に言い聞かせているようにリュカには聞こえた。

この人は自分と結ばれることはないのだ、マリアの時と近い絶望感が広がっていくのをリュカは感じていた。

だが、マリアのときは親友のためにすんなりと受け入れられた現実を、フローラでは…まったく受け入れることが出来なかった。
誰か他の男に微笑む彼女を想像しただけで、彼女を腕に抱くことを許される男を想像しただけで、リュカはやりきれない悔しさと怒りに支配されてしまうのであった。

花嫁は勇者様3

リュカたちはこうしてルラフェンを発った。
サラボナまでという限定的な付き合いにはなるが、新しい仲間を加え、馬車は活気付いていた。
スラリンが盛り上がるのも当然のことである、今までリュカの旅にこんなに美しい女性が同行したことは…マリアが神の塔に同行した時だけだったからである。

マリアはフローラと違って戦うことはできないし、魔法が使えるわけでもない。
基本的には馬車に居てもらって、神の塔に着いてからはヘンリーがその横に張り付く形で頂上まで行った。

マリアは確かに美しい少女だった。
金色の髪に邪気のない澄んだ瞳、この間まで光の教団の信者だったこともあって奴隷生活で心身がボロボロになってしまったわけでもなく、まだ人を信じるという清らかさを湛えていた。
奴隷生活が長かったリュカとヘンリーから見れば、マリアは汚してはならない一点の光のような、天使のような存在であった。

そしてリュカにとっては、親友の想い人であるからこれ以上の行為を抱いてはいけないと…必要以上にかかわらないようにしてしまっていた。
本当は仲間として、友達として…あわよくばもっと、仲良くなりたかったのかもしれない。
正直な話、マリアには惹かれていたと思う。
けれども、ヘンリーとマリアは並んでいてもお似合いだと思ったし、事実、二人がゴールインしたことをポートセルミで知った。

リュカは素直にその現実を受け入れた。
受け入れたというよりもそうなるとわかっていたのである。
長い付き合いだからこそ誰よりヘンリーのことをわかっている自信があり、マリアのことばかり見ているのもよくわかっていた。

二人をあの大陸に残してよかった、とリュカは思う。
元々ヘンリーやマリアには旅をする理由がない。
マリアは旅をするような少女ではない。
誰かのために純粋な祈りをささげて笑顔で幸せな日々を送るのが、彼女にもっともふさわしい生活に違いない。

…リュカには旅をする理由がある。
生きる意味に近いほど、大切な、どうしても成し遂げなければいけないほどの理由がある。

サラボナに行って、少しでも天空の勇者に近づく情報が欲しい。
偶然にもルラフェン周辺で助けたこの…皮肉にもマリアと同じ修道院の出の少女が、サラボナにある天空の装備と深い関係にあった。
ひとつの手がかりを見つけたリュカにとって、まだ見ぬサラボナは希望の地であった。

と、このようなわけで、よく見ればフローラはマリアに引けを取らない美女であるのだが、彼女が宿の中でさえ分厚い旅装束を着込んで頭の上からすっぽりヴェールを被って顔しか出さず、手には物騒な棘のついたモーニングスターを持っているので、リュカの思考はサラボナにばかり向いているのであった。

スラリンはそんなリュカを残念そうに笑う。
スラリンにはフローラのあの顔だけで彼女のすばらしさがわかる(本人談)らしい、リュカは見る目がないだの、リュカはもったいないだの、先輩面してやかましく女を見る目について語りかけてくるのであった。



リュカたちはルラフェンを出発し、南下することにした。

サラボナまでの間には広い草原と険しい山脈が存在する。
山脈のほうはトンネルがあるので楽できるだろう。

フローラが言うにはポートセルミとサラボナをつなぐ街道沿いに行けば、トンネルの前に宿があるという。
そこまでは野宿になる…そう考えてルラフェンで長旅用に物資を調達しておいた。

時々現れるモンスターはリュカたちが攻撃し、フローラが回復と補助をする。
そういうサイクルがいつの間にか出来上がっていた。
この戦闘における安定感を得て改めて、このパーティには回復や補助を行う魔法使いが足りなかったのだなと感じた。

深刻な話か、マーリンの話す魔物界の事情など意味のある話ばかりをしてきたリュカたちであったが、フローラが加わってからは違った。
その話題から暗い雰囲気が漂っていることを察したフローラがあえて物語の話をはじめたのだ。
最初は天空の装備に関係がある天の神についての話、そしてサラボナに伝わる妖精の物語…
元々読書が好きだったというフローラは、子供の頃に知った童話から修道院で学んだ神話までいろいろな話を聞かせてくれた。

一見おとなしそうな姿からは想像も出来ない。
意外とお喋りでよく笑う。

「こうみえても私、昔は結構やんちゃだったんですのよ」

そう笑って話す彼女に、同じくお喋りなスラリンが尋ねた。

「修道院はまったく反対のとこじゃん!なんでフローラは修道院いってたの?」
「…父が、花嫁修業にと送ったのです」

彼女は苦笑した。

「ルドマンの娘ですもの、当然なのかもしれません…。
でも、私は、華やかなサラボナで親が選んだ人と結婚して裕福な生活を送るより、修道院で自分のことは自分でやって書を読みふけって月を見上げるほうが好きでしたわ」

寂しげな表情をしたが、彼女は続けた。

「花嫁修業に出たからこそ、こうやって世界を見て帰ることも出来るんだと思って、いま精一杯世界を目に焼き付けたい…」

彼女の腕にスラリンが頭を摺り寄せ、プックルは高い声で慰めるように鳴いた。

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