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agony1

ガンディーノの家でこうしてまたキンモクセイのお茶を飲みながらぼんやりとできるなんて思いもしなかった。
ミレーユはティーカップを両手で包みこんで湯気が立つのを見ながら昔のことを思い出していた。
ギンドロの娘シェリスタの代わりにガンディーノの城に行くことになった日のこと、嘘ついて言い訳して、友達だったシェリスタと喧嘩したこと、弟がギンドロ組の人におさえられながらこっちを見ていたこと、そして弟の叫ぶ声…
―――ねえちゃんを、かえせーっ!

「ミレーユ」

はっと顔をあげると、いつも弟が座っていた席にイザが腰を下ろしたところだった。イザの優しい目線が心地よく感じられた。

「家族だんらんの邪魔をしちゃったかな。シェリスタさんがさ、みんな呼べっていってくれたんだけど…ミレーユは、ここのほうがいいか」
「うん、今日は家にいさせて」

イザは座ったばかりだったが立ち上がって、母のマルタに、ミレーユには世話になりっぱなしなんですと笑って頭を下げた。
じゃあまた明日、とイザが去ると、父のジャームッシュは戸口からミレーユに視線を移した。
あまりにしげしげと見つめてくるのでなんだろうと思ったら、
「あれがお前の亭主か」
と大真面目に言ったので笑ってしまった。

「何がおかしい、もう赤ん坊の二、三人、いてもおかしくない年頃じゃろうが」
「んもう、それどころじゃなかったんだから!」

それからギルドに入った話、マーズにお世話になり、イザ達に会い、魔王に挑み破れ、再び挑みなおした話…
ミレーユは父に言われたことをすっかり忘れて、いままでの話に明け暮れていた。


父が寝て、母とミレーユ二人でたわいもない話をしていると、母が急に安心したように目を閉じた。

「ミレーユ、変わったわねえ」
「そお?」
「昔より、よく笑うようになったわ」
「そうかしら」

旅の仲間たちは誰も彼もが個性派で笑いに困らない、それは確かだ。

「うちのみんな、面白いから」
「イザさんの話をしているミレーユはほんとうに楽しそうよ」
「イザですって?まあ、一番付き合いは長くて…テリーと同じくらいの年だからかしら、放っておけないところがあるの。でも誰よりしっかりしてるところもあって」
「ほら、今笑ったよ」
「!」

とっさに口元を手で覆った。

「あたしは…最初イザさんがうちにきたとき、ほら、おまえ、イザさんの後ろから出てきたじゃない、このひとがおまえをここに連れてきてくれたんだと信じて疑わなかったよ。
弟がいるからか、おまえはしっかりしてて、手もかからなくって、だからほんと…お城にいくのも一人で決めてしまって…シェリスタとは友達だったろうけど、やっぱりどっちかというとおまえのほうがしっかりしてたし…。
おまえが頼れるようなひとがいるんだと思ったら、あたしはうれしいよ」
「かあさん…」

母はゆっくり目を開けて、空になったミレーユのカップにお茶を注ぐ。
コポコポ…と紅茶が優しい音を立てて白いティーカップに広がり、ふんわりとキンモクセイの香りを漂わせた。
ミレーユは好きな香りに口元を綻ばせながら、熱いお茶を口に含んだ。

「で、イザさんとはどこまで進んでるの?」
「ぶっ」

涙に濡れたハンカチで噴出した紅茶をぬぐって、ミレーユは恨めしげに母を睨んだ。

「…かあさんまで」
「だって」
「イザは仲間よ、そりゃ頼れるともだちだけど…決してそんな関係じゃあ。大体、ずいぶん年下じゃないの」
「年は関係ないわよ。イザさん、いまでこそまだ若そうだけど、あれは将来立派になるよ」
「…」
「イザさんのこと気にならないのかい?」
「それは…まぁ、大切だけど…」

いつからか、イザが見えないとイザを探すようになった。
草原をハッサンやチャモロと走っていく彼の背中を見つめてしまうこともある。
彼を見ていると、微笑ましくて、温かい気持ちになる。
目が合って、声を聞いて、一緒に何かをしていると楽しい気持ちになる。
ぱっと感情を表に出せない自分と、見ているだけで幸せになれるような満面の笑みや心を打つような切ない顔をする彼が対照的で…

一度引き離された後出会った彼はたくましく、より純粋な部分を磨いたような青年になっていた。
前は女だからって気にもしなかったのに気を使うようになっていて…妹がいるのだと彼は言った。
あのときは特に何も感じなかったけれど、今は、そう、イザはレイドックの王子、ライフコッドの妹は本当の妹ではない、もう一人のイザとターニアはどういう関係なんだろう、考えると心に霧がかかる。
でも自分は思う、イザは弟に似ているから気になるのだと、決してそういう感情じゃない、と。

戦うことを避けている自分がいやで、もっとイザの役に立ちたくて、魔法戦士を選んだ。
イザにはパノンのことを思うときのような胸を焦がすような思いはないし、違うものだと思う。
…そう思いたい。

「だって、イザにドキドキしたりなんかしないわ」
「ドキドキだけが好きじゃあないのよ」
母は微笑んだ。
「なんでもないとき目で追っちゃったり、ぼーっとしているときに思い出したり、寝る前にふと考えたり、ほかの女の人と話してると嫉妬したりするものよ」
ミレーユはどきっとした。

(イザのこと、好き?…わたしが?)

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