その美しい顔に、飾られる表情は嘘だと分かっていて。
本当の心を見抜くのは無理だとわかっていても、見抜きたくて。
ただ、心の底から、きみに微笑ってほしいという想いだけがある。
年の最後に、自分のために。
あの子がそう想っているのを知っていて。
毎回毎回わざと遅れてみせる自分っておせっかいだなと思った。
ただ、それでもあいつを陥れてみたいという好奇心、遊び心は尽きなかったのだ。
自分はなんてお世話焼きなんだろう。
信じてはならないと知っていても、受け入れなくては可哀想だと思っても。
どうしても駄目だった、心の底を表現するのは難しかった過去。
縛られて、親の言う事を聞いて、逆らわずに、素直に生きることが出来なかった自分が。
ありがとう、とも、よろしくとも、本気で言えるのは―――
『Passional Stair』 パッショナル・ステア
ネオンの光る街角の大きな塾の中。
肌が白く顔の整った脚の長い高校生が、コートを羽織りながら鞄の中の携帯に目をやった。
ひとつ、メールの届いた音がなったのだ。
このまえの休み時間にメールを送った時、いつ届いても分かるようにと着信音を有りにしておいたのを今ごろになって思い出した。
携帯のメールアドレスを知っているものは少ない。パソコンのアドレスは有名だから、常にラブレターやファンメールが届いてしまう。
用心して、携帯のアドレスを教えたものはリストにする必要があるくらいだ。
彼は高い身を折って床の鞄に細い腕を伸ばす。
コートを羽織り掛けで携帯を取り出すその姿はいつもと変わらぬ姿の筈なのに、どこか優美でかっこよく、下に目をやっていて気付かない間に彼を凝視するもの が増えていった。
だが、慣れている彼にとって、そんなことは気にすべき事ではない。
届いたメールは、今一番信頼できる者からだった。
あの「第二次冥王の口付け」とも呼ばれた大規模なネットワーク・クライシスを解決に導いた仲間達のリーダー、PC名はカイト。
本名は知っているが―――あえて別に考える事にしている。
今から随分前に手を組んで、数々の痛々しい事件を乗り越え、根本となる最終体をおさえるに至った。
その最後の刻に立ち会った個性豊かな大勢の仲間と、最後まで一緒に戦ったカイト、その相棒で勝気な女・ブラックローズ――意識不明者のひとり速水文和の 姉・速見晶良――達とは、今でも連絡を取り合い、エリア探索を頻繁に行っている。
以前のような異常は見られないが、正常に形成される世界を観るのも悪くない。前ほどのスリルは感じられないけれど。
メールの内容は、正月限定に作られた一日限りのエリアを回らないか、という勧誘。
たしか、クリスマスのやつも一緒に回ったような気がする。
アレは本当に真っ白な猛吹雪――今はもうないザワン・シンというイベント以来の幻の天候――のエリアだった。
いたるところに立体感溢れるクリスマス・ツリーが飾られていた・・・いや、にょきにょきと生えていてと表したほうが正しいか。
システム管理者がサンタの格好をして歩いていたのを目撃した時は、それがゲームだということも忘れて、げほげほと咳込んでしまったものだ。
話は戻るが、正月限定のエリアなんて都合の良いものを作ったものだ。
そう、思った。
それが探索エリアらしいエリアじゃなかったから、余計に驚いた。
ネタバレは数日前からされていた。
誰が漏らしたかも知らないけれども、結構有名な噂になっていたものだから、古株のプレイヤーである自分には手に入りやすい情報だったのだけれども、古い、 平安風の屋敷がエリアになっているらしい。
モンスターも古代和風だとか。
そのような、建物があってモンスターもいるエリアなんて、今まで数年間続けてきて、存在しないことがわかっていた。
それをあえて作るとは、サイバーコネクト社も考えたものだ。
これで人々の妄想――想像の世界にとどまらない、プレイヤーの望みが一つ叶えられたのかな?
彼がメールを見ながら思考にふけっていたとき彼を凝視していた人々は、そのメールが彼の恋人から来たのではないかと試行錯誤していた。
それは違ったが、それとは別の意味では合っていることになるのかもしれない。
彼はコートを翻し、授業の終わった教室を飛び出した。
暖かな年末、しかも31日、約束の時間に間に合わせる為、ひたすら走り、跳び、走り、跳び、自宅へ急いだ。
バタン。
家に着いた時、約束の時間まで数分だった。慌ててログインしてカイトに会いに向かう。
待ち合わせ場所は、限定エリアの告知がされる、Δサーバーのルートタウン、マク・アヌ。
彼は何の表情もつけずに(単に、表情のショートカットを押すのを忘れていただけである)カイトの元に急ぐ。
カイトは苦笑しながら言った。
「バルムンク・・・、まだ学生服のまんまでしょ」
「・・・なんで分かったんだ?」
カイトは呆れたような声で言った。
「だって、バルがこんなに大急ぎで走ってくるなんて滅多に無いもん」
そういえば、いつも余裕のある時間にゆうゆうと歩いてくるのがスタイルだった事を思い出した。
今日は年末なのになんで塾があるんだか、という怒りで一杯だったし、時間に間に合わないと生きてゆけないような気がして、大急ぎで走ってきたのだ。
「まだブラックローズは来てないよ、よかったね」
よかったね、といわれれば嬉しいような気もするが、大して嬉しくない。
遅刻魔のあの娘と比べられたら自分も終わりというものである。ため息をひとつついて、カイトに向き直る。
「ブラックローズに抜かされるようでは俺も落ちたものだ・・・」
「あはは・・・バルはきっちりしてるもんね。寝坊とかしないでしょ」
「したら生きてけないぞ、高校までは1時間強程度かかるんだから」
「こっちはその分、楽だなー」
カイトは笑いながらつぶやいた。
「走ればすぐついちゃうしね」
カイトの綺麗な翠の髪がいつまでも暮れぬマク・アヌの夕日に照らされてきらりと輝いた。
身につけた双剣が鋭い光を返し、カイトの幼げな顔を映す。
「神経質になって生きるのは大変なことだな、と最近気付いた。
昔は時刻表を見て歩いていたくらいなのに、今は目の前で電車が行っても気にしなくなった」
ようするに面倒になったのかもしれない、とつぶやいてみると、カイトは楽しそうに微笑った。
「バルは微笑んだほうがかっこいいよ。せめてショートカットだけでいいから笑おう?」
「笑ったら、笑顔の価値が下がるかな?」
「下がらない下がらない。人気はもっと上昇するに違いないって」
「もうファンはいらない・・・」
「こないだ現実世界の写真送ってもらったけど、リアルでもバルは二枚目だね。背が高くって細身で、頭脳明晰、顔立ちは整ってて睫は長くって。黒髪でもかっ こよさがにじみ出てるよね。毎日何通のラブレター受け取ってるの?」
「痛いところを聞いてくるなよ、カイト・・・」
明らかにカイトは楽しんでいる。面白がっている。
「だって、ぼくはそんな経験ないし」
と、そんな事を言っているが、カイトの親友で自分の相棒――カイトといる時間の方が多いせいで既に元相棒のような気がしてならないが――オルカが話した 実状によれば、登校する前帰宅する前、体育に出る前に、カイトの熱烈なファンクラブの会員達が手紙回収作業を欠かさないとか。
男女双方に愛されてしまうらしいカイトは、過保護なファンクラブのおかげで自分の人気を知らないのである。
確かに、The Worldというネット上の姿も写真で見たリアルでの本当の姿のどちらも可愛らしく、ファンのひとりやふたりは居そうだなと思ってはいたのだが、カイト自 身こそ知らないが、学校中の五人に一人は知っているくらい大きな組織なのだそうだ。
「カイトは年末を過ごすのはどうするんだ?」
「えっ」
話し込んでしまって気付かなかったが、あと数分で訪れる、カウントダウン。
そのおめでたい瞬間を、どうするのだろうか。テレビを見て?いや、親と笑いながら?
「このまんま・・・・・・・・・のつもり」
表情には変化がなかったものの、少し語調が不自然だったのが気になった。
「家出でもしたのか?それとも閉じこもってたりするのか?」
「なんでもなく普通なんだけど、年越しをバルムンクと過ごしてみたいなぁと思った」
クリスマス――あのときもブラックローズは遅刻した――も同じ事言ってたじゃないか、と言ってみると、カイトはけらけらと笑う。
「だって、人の良いお兄さんと笑って過ごせる年末年始っていいじゃないか」
「俺が、人の良い?」
「良いよ。すごく」
素直に納得できずに考え込んでしまった。
不器用だとか、無表情だとか、もっと笑えだの、もっと愛想良くしろだの言われた事はあっても、人がいいなんて言われたことなかった。
「・・・悪いが、カイトのセンスを疑うぞ」
「酷いなぁ、誉めてるのに」
カイトは、あっ、と声をあげた。
「バル、カウントダウンだ!」
マク・アヌにいるユーザーはとても多かった。
そのため、イベントのひとつとして、サイバーコネクト社のマスコット・キャラクターによるカウントダウンが行われるのが定例になっている。
いままで居た橋の上から、駆けてゆくカイトの後を追って広場にいく。
広場では、大勢の人がトークを、大勢に聞こえるチャット・モードに替えて、カウントダウンをしていた。
物好きもいたもので、今年のカウントは100かららしい。
着いた時、22、21・・・という声が大きく響いていた。
「ほら、カウントしよう!」
カイトに腕をひっぱられ、一緒になって叫ぶことにする。
5、4、3、2、1―――――
新しい年が来た!
あまり意識はなかったが、カイトが無性に嬉しそうなので、一緒になって喜んでみる。
カイトはその表情こそ普通の笑みだったが、心の底から喜んでいるように思えた。
「ありがとう、バルムンク!」
蒼い双瞳がこちらをみつめて、にっこりと。黒い手袋をした自分の手を、しっかりと両手で握って。
「去年は大変お世話になってなって、沢山迷惑かけたけど、今年もかけていい?」
――――――・・・・・・だから、これからもよろしくね!
そこにある気持ちを少しでも理解できたような気がしてきたら、無意識のうちに口が開いてしまっていた。
「勿論、どんどんかけてこいっ!遠慮はいらないからな!」
カイトにつられて、今度はましに微笑えたかもしれない―――――。
ただ、知らず知らずのうちに演じていたキャラから外れて、リアルのまんまの声と言葉で返してしまったことにも気付かずに。
美しい彩りのマク・アヌで、少し視点を切り替えると、ゲート付近にいるブラックローズの姿が見えた。
ずっとそこにいたかのような彼女はこちらを見て腕組みをし、微笑んでいるように見えた。
カイトは気付いていない。
どうやら自分を探して視線をよこしていたらしい彼女と目が合って、ましに微笑ってみせると、彼女は安心したのか、メールを送ってきた。
――――――良いお正月を迎えられたかな?
どこも気取った感じのないその文面に微笑んで、目をマク・アヌに戻すと、カイトは手を握ったまま、首を橋のほうに反らした。
先取りしてしまって現れる人物が誰だか分かっているけれど、嘘をついておこう。
・・・お礼の意味も兼ねて。
「遅いぞ!」
―――そこに、ブラックローズが駆けてくるのが見える。
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