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花嫁は勇者様1

湖畔はきらきらと星の光を反射して輝いている。
ざわざわと草木が風に揺れ、小さな鳥たちが慌てて飛び立ち、ゆらりゆらりと月の影が波に揺れた。

「襲撃だぁーっ!」

ルラフェン周辺では近頃、魔物の襲撃が相次ぎ、隊商の交通量は激減していた。
しかし、サラボナの大富豪ルドマンの娘が修道院からサラボナに帰るため、隊商はポートセルミを出ざるを得なかった。
何事も無ければ良いが、誰もがそう望んでいたが、もうすぐルラフェンに着くという所で残念ながら魔物の集団に囲まれてしまった。

「武器を取れ!」

隊長の指示で商人たちも思い思いの武器を手に取る。
ルドマンが有り金を叩いて要請した傭兵たちの数は普段の3倍は居るように見えた。
だがしかし、見晴らしの良いルラフェン高原を見渡す限り、商人たちの目にはざっと数千もの魔物たちが見えていた。

傭兵たちを先頭に、ポートセルミに居るルドマンの私兵や商人たちがメタルライダーやデスパロットと戦い始める。
しかし、山のほうからモーザやキラーパンサーが走ってくるのが見えると、人々は恐れをなして馬を駆った。

歩兵が、騎兵が、荷車が倒れる中、必死に先頭を走り続ける馬車がある。
勿論モンスターたちが見逃すはずが無い、馬車はあっという間にキラーパンサーに追いつかれ、体当たりを食らって横転してしまった。

「きゃああ!」

中から聞こえたのは二人の女の悲鳴だ。
キラーパンサーから娘をかばうように間に立ちはだかるのは老齢の修道女、よろめきながらも瞳には強い決意を宿し、修道女らしくスカラの光に身を包んでいる。

「いやああ、シスター!」
「逃げるのです、フローラ!」

修道女がキラーパンサーに襲われたその瞬間、旅装束に身を包んだ少女の手から桃色の霧が発生した。
無我夢中で呪文を唱えた少女は恐怖で目をぎゅっとつぶったままだったが、修道女が倒れた音でやっと目を開いた。

少女の前には肩を抉られて苦しげに喘ぐ修道女の姿があった。
襲い掛かった当のキラーパンサーは霧を吸い込んでぐっすりと寝こけていた。

「シスターっ!」

慌てて駆け寄った少女はベホイミを唱える。
修道女は回復したものの、意識を失ってしまったらしかった。
少女は修道女の頭を抱きしめて嗚咽した。
無事でよかったという意味での涙であったが、少女は、自分に泣いている暇がないということに気付くまでそう長く時間はかからなかった。

少女は涙に濡れた顔をゆっくりと上げた。

高原には自分が乗っていた馬車を含めて隊商の構成員だったと思われる物が壊れて散らばっている。
あちこちにメタルライダーやモーザがいるが、日が暮れてきて、赤い影がところどころに見え始めた。

(リビングデッドだわ…!)

状況は絶望的だった。

つい先程までの間に良くしてくれた人たちの顔が脳裏によぎる。
少女は、気を失った修道女よりも小柄で、修道女を背負って歩くことすらできない。
彼女には、ぐっすりと寝こけているキラーパンサーの影に隠れるように身を隠し、ラリホーの呪文が切れないように慎重にかけなおしながら息を潜めることしかできなかった。



しばらく経って、闇の中に少し橙色の空しか見えない暗さになって、モンスター達は散り始めた。
最初は用が済んだから散り始めたのだとばかり思っていたのだが、スモールグールの醜い悲鳴やパペットマンが壊れる音が耳に入ってくるようになった。

少女は弾かれたように立ち上がった。

太陽と正反対の方角から白い馬車がやってくるのが見えたのだ。
馬車の前にはどうやら人間が一人、そしてその周りにはなぜかスライムやスライムナイト…など
モンスターが立ち、襲い掛かっていくルラフェンの魔物たちを次々と倒していっていた。

「人…?モンスター…?」
「グルルルル…」
「きゃああああ!」

馬車の方に気を取られてすっかり忘れてしまっていた、足元のキラーパンサーが少女を見上げていた。

少女は無我夢中で護身用の毒蛾のナイフを振りかざすが、むしろナイフがかすったことで、キラーパンサーは逆上して少女に襲い掛かった。

少女はキラーパンサーが横に吹き飛んだのを見た。
しかし、安心したのもつかの間、キラーパンサーを吹き飛ばしたのもまたキラーパンサーだったので、さらに悲鳴を上げた。

「大丈夫、その子は君を襲ったりしない」

言葉にならない驚きと恐怖で立ちすくんだ少女に、先程馬車の前で戦っていたと思われる唯一の人間…男が声をかける。
少女はその声と、薄暗い中で優しい光を湛えた瞳に目を奪われた。

「ほらプックル」

何も言わない少女を男は怯えていると思ったらしい。
キラーパンサーの頭を犬か猫のように撫でて、少女に近寄らせた。

「きゃ…」

プックルと呼ばれたキラーパンサーは少女の体に頭をごしごしと擦り付け、猫のような音でぐるぐると甘えをアピールしている。
よく見るとキラーパンサーの太い首には鉄の首輪がついており、その首輪には古めかしいリボンが巻かれていた。

少女は驚いて男を見た。

「大丈夫って言っただろ?」

少女は無言で頷く。

「リュカー、あらかた片付け終わりましたが、残念ながら生存者は…」

硬い声で状況を報告しているのは半透明のスライムに乗った騎士、スライムナイトだ。
少女はやはり、彼らはモンスターだったのだと気付いた。
モンスターがモンスターと戦って自分を助けてくれる、そんなことがあるんだろうか。

「死に掛けていた商人から聞いた話じゃと、ルラフェンに向かう途中だったということじゃ。
それにしても数の多い隊商じゃの。いまどき珍しいのう」

皺くちゃで骨が見えそうなほど痩せた老人が樫の杖にすがりながら歩いてくる。

「おや、そちらの娘さんは」

老人に指摘されて少女はびくっと身を震わせた。

「た、助けてください。せめて、シスターだけでも、ルラフェンに…」

どれどれ、と老人と男がシスターの怪我の具合を見る。

老人がしゃがむとき、ローブの中の姿がはっきりと見えてしまった。
長生きしているといっても、いくらなんでも人間では数十歳が限界だろう。
その数十歳どころではない老け方に、やはりあれは人間ではないのだと、あれもモンスターだ、と少女は確信した。

「傷口がしっかりふさがれておるな」
「ベホイミをすぐかけたので…」

男は老人の方を叩いた。

「もう日が暮れて、次の集団がいつ来るかわからないよ。とりあえずルラフェンにいこう」
「そうじゃな」

彼らに連れられて、少女は意識を失った修道女と共にルラフェンの宿屋へ向かった。
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