あれからさらに6年の歳月が流れて私は修道院から帰ってきた。
修道院に居る間夢が繋がることは無かった、きっとそれはポピーのくれた花びらが家の鏡にくっついていたからだと思うから、本当に仕方の無いことだった。
リュカが奴隷となって傷だらけで暮らしていることを考えたら神に祈らずには居られなかった。
(神様って、居るのかしら)
何度もそう思った、おそらく居るのだと思うけれども、なんであんな辛い人が沢山居るのに神様は何もしないのだろうと恨んだものだった。
6年の間、修道院で身につけたことは沢山あった。
修道院にある本はとことん読みつくしてしまって、買出しにオラクルベリーに行く時に学者のおじいさんを尋ねて色々な本を貸してもらったりもした。
わかったことは、伝説のお話の中でも神様は悪い心を持つ者たちを自ら討伐したりしなかったということだった。
(どこかにいるといいのだけど。伝説の勇者様のような方が)
父が持っている天空の盾が証明するように、かつてこの世界が悪に滅ぼされかけた時、天空の武具を携えた勇者とその仲間たちが世界を救ったという。
いま思えばパパスのような人こそ勇者だったのではないかと感じるけれど、父は、パパスでも天空の盾に触れることは出来なかったと言っていた。
(修道院から帰ってきて結婚するというのはイヤ、だけどサラボナにいればなにかそういう情報くらいつかめないかしら、リュカを救えないかしら)
修道院から帰ってきて自分の部屋を覗くと、昔置いてあったぬいぐるみなどは部屋の隅のほうに片付けられていて、鏡についた花びらもなかった。
もう夢で繋がることはできない。妖精の鏡に頼ることできなくなった。
なら、大人になった自分にできることは、ルドマンのネットワークを使うこと以外にない。
(リュカのため…)
ぐっと拳を握って、昔ポピーが飛んでいた庭を眺めた。
「ポピー、恋ってこういうことなのかしら…。好きな人のためになんでもしてあげたいって思うの」
昼間だから返事があるはずはない。
どこかの童話で読んだ通りなら、妖精は大人になると見えなくなってしまうそうだからどのみち私には見えないのだと思う。
けれどポピーならどこかで聞いている気がした。
「ワン!」
「きゃ、リリアン!どこへいくの!」
数ヶ月前にサラボナに帰ってきた日、父が白い犬をもらってきた。
見た目は小さいけれど凄く強気な犬で、大きな犬にも平気で吠え掛かって、お手伝いさんにも父にも母にも吠え掛かる犬だった。
私の言うことはいつも聞いてくれて、私の前では大人しい犬のはずなのに、急に街のほうに走り出すと止まらなかった。
「ああもうっ、なんて窮屈な服」
ルドマンの娘という体面上、修道院で習った作法上、スカートを持ち上げて走ることは許されないだろう。
おまけにコルセットが食い込んでスピードを出して走ることが出来ない。そして結い上げた髪が、顔の皮をきつく後ろに引っ張るのが苦しかった。
「はぁはぁ、だれか…っ、その犬を止めてくださいー…!」
街の外に飛び出そうとしたリリアンが急にスピードを落とし、通りかかった旅人に尻尾を振っている。
旅人がしゃがみこんで犬を撫でているのを見て、ほっとしてゆっくりと近付いた。
「すみません、ありがとうございました…急に走り出すんだからこの子ったら」
屈んでリリアンを撫でていた男の旅人が顔を上げた瞬間、目が合った。
「リュ…」
「フローラ!」
立ち上がって肩をつかまれた。
「フローラなのかい…!?」
「リュカ…!」
そこには見上げるほどに背が伸びたリュカが立っていた。
凛々しい顔つきはパパスそっくりで、優しげな瞳が私を射抜くように見つめていた。
「サラボナに来れば君に会えると思って…」
「私も会いたかった…」
夢で会った時のように胸に引き寄せられて、きつく抱きしめられる。
街の人の視線は気にならない。
愛してる、そういう気持ちで一杯になって瞼を閉じて体を預けた…
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