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天球ギャラリー

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太陽神の贈り物を尋ねて4

イザ達一行はランシールの町を出て、神官に教わった通り、東海岸にある港へ向かった。

町の人の話によると、ついこの間までこの世界は魔王バラモスという魔物によって恐怖に支配されていたのだそうだ。
バラモスを倒して世界に平和をもたらした勇者の出身が今目指しているアリアハンであるという。
現実世界で魔王ムドーを倒そうと奮闘してきたイザ達からすれば、もし学べることがあれば勇者に会って学んでおきたかった。

魔王から解放されただけあって、ランシールの周辺は魔物が少なかった。
穏やかで暖かな気候、島の中央部以外は険しい山も砂漠も無く、主に丈の低い草が生えている中時折妙に空に伸びている木があるくらいで見通しも良い。
渡り鳥が群れを作っている様子も見え、平和な世の中とはこういうものを言うのだろうか、平和でない世界からやってきた一行は魔物の影が少ないことに驚きを隠せなかった。

出る魔物といえば、青い羊のような魔物・ゴートドンくらいだ。
沈黙の羊のようにマホトーンをしてくるでもないし、二足歩行で凶悪な角を振り回すでもない。
単純に大きな角を武器に突進してくるか、群れで怪しげなボミオスとやらを唱えるだけである。

バーバラ、ミレーユ、チャモロの魔法使い三人組はその魔法に甚く興味を持って何とか真似できないかとあれこれしていたのだが、そもそもなかなかゴートドンに出会わないので盗み真似ることは難しかった。



そうこうしているうちに港についてしまった。

港はこじんまりとしており、レイドックやサンマリーノの港とは違って人気が少ない。
船から降りてきた人も、聖地巡礼に訪れた僧侶がほとんどである。

外へ向かう荷物は聖水や消え去り草とかいうあの怪しげな草だ。
怪しげな草の需要がどこにあるのかと尋ねると、なんでも、エジンベアという城で勇者ゆかりの品として高値で展示されているのだという。

ついでにラーの鏡についても聞いてみると、勇者たちが使っていたという話を聞くことはできたが、現在どこにあるのかについてはまったくわからなかった。

ランシールとゲントに似た匂いを感じなくも無いとチャモロは言った。

あの場所は、ゲントがそうであるように、世界が闇に落ちた際勇者の役に立つために何かを守り続ける場所なのだろう、と。
イザたちが来たときに降りた場所にあった堅固な扉は、かつて世界を救った勇者が通った扉なのかもしれなかった。



ランシールに別れを告げ、小型の定期船に乗った一行は世界地図で言うところの南海、ランシールとアリアハンの間にある海を航行していた。

海は穏やかだが、時折海の魔物が顔を出すので船には武器が積んであったようだ。
青い甲羅のカニ・ガニラスは不思議なほど甲羅が硬くて厄介だがさほど恐ろしい魔物ではない。

それよりも船乗りが恐れているのは、ゲント周辺にもいたしびれくらげだ。
集団で襲ってくるホイミスライムのような連中は麻痺毒を持ち、麻痺させられては町に帰るのが難しくなる。
ただ、僧侶が乗り合わせていればキアリクで対処できるので、乗り合わせているときは安心できる。

さて、半分はいったかと思われる頃、暗闇の中に雷が轟き始めた。

ザザァアアアアン…
波が荒く音を立て、甲板には雨と海水が少しずつたまりはじめる。

イザたちは室内に居たが、船乗りたちに頼まれて甲板へ出ることになった。

イザたちを甲板に案内した船乗りの男は年は四十を過ぎたところだろうか、頭髪をバンダナで押さえ、日に焼けた顔をあますところなく見せている。
筋肉隆々で、ハッサンと並んでも劣ることの無いたくましい海の男である。

彼が言うには、雷の鳴る日にはかならず海の主が現れるのだという。
勇者が世界を平和にする前は雷関係なく出没したのだというが、平和になって以来天候の悪い日以外は身を隠すようになったという。

ふと、チャモロが槍を身構えた。
「…これは」
「どうした」
イザやハッサンが船乗りの背をかばうように前に出た。

チャモロは言う。
「イカの匂いがします」

「さすが釣り好きだけあるわね…」
と、ミレーユ。

その時、一際大きな波で船が左に大きく傾いた。
「大王イカだっ!」

仰ぎ見ると、海から顔を出しているのは人間の何倍もあろうかという大きなイカである。
白いボディが雷光でつるりと光っているのが不気味で怪しい。
闇、荒れ狂う海、そこに見える白い不気味なイカ…イザたちは息を呑んだ。

「いいか、あんたたち、おれがこの糸を投げる間に一斉に攻撃してくれ!」
船乗りは手に金色の糸の束を持っていた。

「それは?」
「へへっ、斑の蜘蛛糸ってもんよ。
北の大陸じゃないと手に入らないんだが、勇者様のおかげで最近はアリアハンに沢山入ってくるのさ。
ほーらよっ!」

船乗りが糸を投げつけると、イカの十本の足に糸が絡みつき、イカの動きが急に鈍くなった。
「いまだ!」

「おう!いこう、みんな!」

意外なことにミレーユのとなえたラリホーがよく効いて、あっさりとイカは巨体を甲板に転がした。
バーバラのメラが、チャモロのバギが身を刻み、イカは熟睡したまま目を覚ますことは無かった。

「ラリホー使いがいたんなら、先に言ってもらえりゃよかったなぁ」
と船乗りが豪快に笑ったとき、なにやら水面にぶくぶくと泡が発生し始めた。

「なんだ…うわああああっ!」
「イザ、危ない、後ろッ!」

ザバアアアアアアアアアアッ!

海水が大量に甲板を流れ過ぎていく。
バーバラが足をバタバタさせ、ブーツに海水が染みるのを嫌がる声が聞こえるが、イザにはそちらを見る余裕が無かった。

目の前に現れたのは、先程の白いイカよりもさらに大きな緑色をした巨大なイカだった。
船の縁に絡みついた触手が巨体を持ち上げ、ずるずると甲板に這い上がってくる。

「お、おい!あんなやつが乗ったら沈んじまう!」
ハッサンがバランスを取るように甲板を走る。

「テ、テンタクルスだ…!とんでもねえっ…」
「なんだって?」
「テンタクルスだよ!海のバケモン中のバケモンだ!くそっ」

巨大イカの後ろに白いイカたちが見える。

「一、二、三…くそ、かなりいる」

「まって、やってみる」
ミレーユが躍り出た。
「ラリホー!」

巨大な緑のイカ、テンタクルスの動きが鈍くなった。
眠りまいとしているのか、必死に甲板に這い上がろうとしているが、中途半端な位置で動きを止めた。

「いまだ、あいつをはがすんだ!」

イザとチャモロ、バーバラがテンタクルスを船からはがそうと試みる。
ハッサンと他の船乗りたちが大きく舵を切り、イカの集団と反対のほうに船を動かし始めた。

「ラリホー…!」

ミレーユがラリホーを唱え続けるが魔力が続きそうに無い。
大王イカの数が多すぎるのだ。
そんなミレーユを見てバーバラがマヌーサで助太刀を始めた。

しかし、テンタクルスをはがすにはイザとチャモロではいまいち力不足である。

「イザさん、足を切ってしまいましょう」
「それしかないか…」

テンタクルスが目を覚まさないかと不安になりながら、イザとチャモロは甲板に乗り出した緑色の足を切りとばし、全力で残りの体を海に突き落とした。

「はぁはぁ、やったぞ…っ!」

船は眠りこけたイカの集団からぐんぐん距離をとって海の上を滑って行った。
その後は襲撃もなく、空もいつの間にか雲が減っていて、三日月が顔を出していた。
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花嫁は勇者様2

「お嬢さま!どうなすったんです、その格好は!
シスターまでそんな、一体どうしちゃったってーんだ」
「色々あって…シスターをお願いします、それから、お医者様を…」
「ああ、ああ、わかった、お疲れでしょうからまずあちらへ」

宿の入り口で主人に迎えられた一行は、宿の主人にシスターを預けて食堂へ向かった。

流石にスライムやキラーパンサーは町に連れ込めないらしく、
リュカという若い男、スライムに乗っていたピエールという騎士、マーリンという老人の三人と少女は食堂の席に着いた。



明かりの下で見るとリュカは意外と若かった。
体つきこそ筋肉が引き締まっていて旅慣れているようであったが、顔つきは幼く、話を聞くとまだ16歳なのだと言う。
少女はこのたくましい男…いや、少年、青年、どう表現して良いかわからないがこの者が自分より二つ年下であることに驚いていた。

あまり身の上話においては口を開きたがらないリュカに代わって、律儀なピエールとお喋りなマーリンが旅の経緯を教えてくれた。

ラインハットのヘンリー王子と共に光の教団から脱出し、修道院に流れ着いたこと。
ラインハットを偽王妃の支配下から解放したこと。
この世界のどこかに居るであろう天空の勇者を探していること。

あまりに規模の大きな話に、少女は物語を聞いているような気分になった。

彼らは最後に、天空の勇者だけが見につけることが出来るという四つの武具のうちの一つ、天空の盾がサラボナにあると聞いて、
なにか勇者を見つける手がかりを聞けないかと思っていたところだ、と言った。

天空の盾に用があると聞いてしまっては、少女は黙っているわけにはいかなかった。
何を隠そう、天空の盾は少女の父の所有物であり、家宝なのであった。

少女は重い口を開いた。

「私は、サラボナの商人ルドマンの娘、フローラと申します。天空の盾を所有しているのは、私の父ですわ」

「なんと!」
三人は顔を見合わせた。

リュカが尋ねる。
「ルドマンさんは、大昔天空の勇者と共に戦った武器商人トルネコの子孫だってポートセルミで聞いたんです」
「小さい頃そう習った気もいたします」

少女…フローラのためらいがちな返事に、三人は大いに喜んだ。

「私は修道院に修行に行っておりました。
本当はもう少し早く帰るはずだったのですけど、ラインハットの命令で港が封鎖されて帰れなかったのです。
港を解放してくださってありがとうございます。
それに、先程私たちを救っていただいて…。本当にいくらお礼を言っても足りませんわ」

「でもあんなに魔物が沢山居て何もしていない人間を襲うなんて、ちょっとおかしくないか」
リュカは首をかしげる。

「南のカボチ村もそうだし、特にこっちの大陸では魔物が凶暴化してるように感じるんだ」
「私もそう感じます。オラクルベリーの周りはこんなに危なくなかったですもの」

「やっぱり早く天空の勇者を探して、光の教団を…っ」

リュカが声を荒げたのを、マーリンがなだめる。

「まぁまぁ焦ってもしょうがあるまい、話を聞くところでは、勇者様であったとしても天空の装備が揃わなくてはゲマにかなうかもわからん。
わしらは、勇者様にいつ会っても良いように装備を探しておくんじゃ」

「…父なら何か知ってるかもしれませんわ。
伝説の勇者のこと、装備のこと…。
父も若い頃、旅が好きで、あちこち回っていたらしいですし、みなさまのお役に立てると思います」

「ありがとう、フローラさん」

「いいえ…あなたがたは命の恩人ですもの、今度は私がお礼をさせていただく番です」

フローラは続ける。

「あの、いつまでルラフェンに滞在なさいますか…?
お話を聞いたからには、私もサラボナまで一緒にお供します。
あなたたちを私から父に紹介したいのです」



医者の話によれば、シスターの傷は表面的にはよくふさがっているが、
老齢の上、旅人と違って怪我をすることに慣れていない体には養生が必要だということであったので、シスターにはルラフェンに残ってもらうことになった。

フローラはルラフェンにあるサラボナとの間の連絡所…ルドマンが設置した、要するに鳥で書簡を運ぶだけの簡単な場所だが、
そこへ行き、流麗な字でしたためた手紙をサラボナに送るように頼んだ。

(私が旅の方たちと…それも男性やモンスターと一緒に旅をするなんて、お父さまはどう思うかしら)

どう思うか、などと様子を伺う余裕は無かった。

外見(ボロボロの旅装束のことだ…)はともあれ、リュカの瞳に嘘はなさそうだということ、
そしてあれだけの傭兵を抱えた隊商ですらひとたまりもなかったモンスターたちをこの人たちは倒すことができる。

それが、フローラが彼らと一緒に行けばサラボナに帰ることができると信じる理由だった。

「お待たせしました。リュカさん、さあ参りましょう」

太陽神の贈り物を尋ねて3

***

翌朝、夜明け前のライフコッドは意外と賑やかだった。

若者は寝るのが遅いが起きるのも遅い。
老人は寝るのが早く起きるのは早い。

畑に歩いていく白髪のおじいさんの姿を懐かしく見送って、イザたちは村長の家の裏、ライフコッド山の切り立った崖が見える場所に陣取った。

「東の空ってことは、お日さまが出る方向だね」

バーバラがわくわくしてたまらないといった顔で言う。

「なんだろ、なにが起こるのかなぁ」
「俺高いところ嫌なんだけど…」

ハッサンは自身のでかい図体を両手でぎゅうっと抱きしめた。

「あんなに高い屋根に上ってカンカン打てるのにダメなのか?」
「だってよぉ、屋根には足場があるじゃねえか。ここなんて柵もねえ!」
「山に柵なんて普通はついてないって」

イザは笑った。

と、その時、誰かが「あっち!」と指を指した。

言葉に出せない美しい紺色の空に、うっすらと光が見える。
日の出を背に、太陽の光が形になったような神々しい何かが、金色の光を撒きながらこちらを目指して飛んでくる。

「ウォオオオーン…!」

現れたのは太陽の光がそのまま鳥の形になったような大きな鳥だった。

鳥なのか、モンスターなのかわからない。
黄金の鳥は、ハッサンの身の丈の二倍はあろうかという大きな翼をはためかせながら、器用に崖に足をひっかけた。

一行の中で一番動物の扱いが上手い、動物担当のイザがおそるおそる近付くと、
鳥は先程の雄雄しさとは正反対に優しい声でクルルッと鳴き、首を下げた。

「乗っていい?」

黄金の毛に囲まれた宝石のような紅の瞳がぱちぱちとまばたきをする。

イザは鳥の背に飛び乗った。
バーバラが、チャモロが、ミレーユが、最後にハッサンが飛び乗ると、鳥はライフコッド山の上空を大きく旋回し、空高く、真上を目指して急上昇した。

空の色がどんどん薄くなり、徐々に寒さが増してくると、器用にも鳥は自分でマジックバリアとフバーハを張った。

「まぁ、なんて賢いの、この子は」

ミレーユのもらした感嘆の声に鳥は甘えるように返事をする。

真っ白な空間を飛び越え、真っ暗な空間を飛び越え、また空に舞い戻った。
今度はぐんぐんと真下に急降下していって、最後は雷のように大地を目指して舞い降りる。
背中に乗ったイザたちは鳥の毛を必死で掴んで、振り落とされないように必死だった。

どれくらいの時が経っただろうか。
まったく何もわからないまま、鳥に起こされ、降ろされる。

「…ここはどこだ?」

後ろには重い扉で厳重に封印された地下への入り口があるようだが、ハッサンとイザで引いてみても、チャモロたちが魔法をぶつけてみてもびくともしないので開けることをあきらめた。

周囲を見渡せば見渡す限りが砂漠、遠くには高い山が見える。
山が見えるのではない、砂漠は山に囲まれていた。
どの方向を見ても同じくらいの遠さの場所に山がある。

「見ろよ、あっちに町が見える」

ハッサンに促され、一行は歩き出した。



割と町は近かった。
白い古風な雰囲気の荘厳な神殿が建っており、町に入るにはその神殿を通るしかなさそうだ。
一行は神殿の通用門らしき扉についた鈴を鳴らした。

扉を開けた高齢の神官は口をあんぐりと開けた。

「おぬしら、どうやってこの中へ入った?」
「えっ」

イザは精霊さまの言う通り金色の鳥に連れられてここに来たことを話した。
嘘のなさそうな目だと言われるイザの目を見て、この神官も疑い深そうではあったが渋々納得したようである。

「ともかく、入るが良い。
ルビス様のおぼしめしとあってはそなたらをぞんざいに扱ってはバチが当たりそうじゃ」

「あの精霊さまはルビス様っていうんですか!」
「なに!そんなことも知らんのか!どこまで田舎者なんじゃ!」

この神官は規律にうるさいらしく、壁に貼ってあった地図を指し示した。

「ここが今わしとおぬしらが居るランシールの神殿、おぬしらがやってきたのは勇者の勇気を試すための場所、「地球のへそ」じゃ!
あそこに行くためにはこの神殿を通らなくてはならぬ、おぬしらの言うように、この神殿を通らずにあそこに入ることができるのは空から来た場合だけじゃ!」

「ランシール…?」
「あの地図、現実世界でも夢の世界でもない」
「見たことない地図です…」

神官は咳払いをした。

「ともかく、ルビス様はこの世界の守り神。
ルビス様に頼まれごとをされたとはどういうことじゃ。
正直に話せば協力してやらんでもないぞ、んー?」

「このおっさん、言い方がいやらしいな」
とハッサンは小声で言った。

「妖精が使ってたという、ラーの鏡というものを探しているんです」

「妖精、妖精…そうじゃな、まずは船に乗ってアリアハンに向かうとよかろう。
アリアハンはここじゃ。東に進んですぐ着く。
ここは世界に船を出す港じゃから、妖精の話を聞いたことがある人もおるじゃろう」

「アリアハンか…よし」

一行は神官に世界地図をもらって町を出た。

町を出る前に少々店を覗いたのだが、なにやら文字は全て鏡の塔やダーマの神殿にあったような古臭い文字で読むことができない。
陳列された武器防具は鉄仮面や身かわしの服のような定番アイテムだったが、道具屋には見たことのない怪しげな草が聖水の十五倍の値段で売っていた。

花嫁は勇者様1

湖畔はきらきらと星の光を反射して輝いている。
ざわざわと草木が風に揺れ、小さな鳥たちが慌てて飛び立ち、ゆらりゆらりと月の影が波に揺れた。

「襲撃だぁーっ!」

ルラフェン周辺では近頃、魔物の襲撃が相次ぎ、隊商の交通量は激減していた。
しかし、サラボナの大富豪ルドマンの娘が修道院からサラボナに帰るため、隊商はポートセルミを出ざるを得なかった。
何事も無ければ良いが、誰もがそう望んでいたが、もうすぐルラフェンに着くという所で残念ながら魔物の集団に囲まれてしまった。

「武器を取れ!」

隊長の指示で商人たちも思い思いの武器を手に取る。
ルドマンが有り金を叩いて要請した傭兵たちの数は普段の3倍は居るように見えた。
だがしかし、見晴らしの良いルラフェン高原を見渡す限り、商人たちの目にはざっと数千もの魔物たちが見えていた。

傭兵たちを先頭に、ポートセルミに居るルドマンの私兵や商人たちがメタルライダーやデスパロットと戦い始める。
しかし、山のほうからモーザやキラーパンサーが走ってくるのが見えると、人々は恐れをなして馬を駆った。

歩兵が、騎兵が、荷車が倒れる中、必死に先頭を走り続ける馬車がある。
勿論モンスターたちが見逃すはずが無い、馬車はあっという間にキラーパンサーに追いつかれ、体当たりを食らって横転してしまった。

「きゃああ!」

中から聞こえたのは二人の女の悲鳴だ。
キラーパンサーから娘をかばうように間に立ちはだかるのは老齢の修道女、よろめきながらも瞳には強い決意を宿し、修道女らしくスカラの光に身を包んでいる。

「いやああ、シスター!」
「逃げるのです、フローラ!」

修道女がキラーパンサーに襲われたその瞬間、旅装束に身を包んだ少女の手から桃色の霧が発生した。
無我夢中で呪文を唱えた少女は恐怖で目をぎゅっとつぶったままだったが、修道女が倒れた音でやっと目を開いた。

少女の前には肩を抉られて苦しげに喘ぐ修道女の姿があった。
襲い掛かった当のキラーパンサーは霧を吸い込んでぐっすりと寝こけていた。

「シスターっ!」

慌てて駆け寄った少女はベホイミを唱える。
修道女は回復したものの、意識を失ってしまったらしかった。
少女は修道女の頭を抱きしめて嗚咽した。
無事でよかったという意味での涙であったが、少女は、自分に泣いている暇がないということに気付くまでそう長く時間はかからなかった。

少女は涙に濡れた顔をゆっくりと上げた。

高原には自分が乗っていた馬車を含めて隊商の構成員だったと思われる物が壊れて散らばっている。
あちこちにメタルライダーやモーザがいるが、日が暮れてきて、赤い影がところどころに見え始めた。

(リビングデッドだわ…!)

状況は絶望的だった。

つい先程までの間に良くしてくれた人たちの顔が脳裏によぎる。
少女は、気を失った修道女よりも小柄で、修道女を背負って歩くことすらできない。
彼女には、ぐっすりと寝こけているキラーパンサーの影に隠れるように身を隠し、ラリホーの呪文が切れないように慎重にかけなおしながら息を潜めることしかできなかった。



しばらく経って、闇の中に少し橙色の空しか見えない暗さになって、モンスター達は散り始めた。
最初は用が済んだから散り始めたのだとばかり思っていたのだが、スモールグールの醜い悲鳴やパペットマンが壊れる音が耳に入ってくるようになった。

少女は弾かれたように立ち上がった。

太陽と正反対の方角から白い馬車がやってくるのが見えたのだ。
馬車の前にはどうやら人間が一人、そしてその周りにはなぜかスライムやスライムナイト…など
モンスターが立ち、襲い掛かっていくルラフェンの魔物たちを次々と倒していっていた。

「人…?モンスター…?」
「グルルルル…」
「きゃああああ!」

馬車の方に気を取られてすっかり忘れてしまっていた、足元のキラーパンサーが少女を見上げていた。

少女は無我夢中で護身用の毒蛾のナイフを振りかざすが、むしろナイフがかすったことで、キラーパンサーは逆上して少女に襲い掛かった。

少女はキラーパンサーが横に吹き飛んだのを見た。
しかし、安心したのもつかの間、キラーパンサーを吹き飛ばしたのもまたキラーパンサーだったので、さらに悲鳴を上げた。

「大丈夫、その子は君を襲ったりしない」

言葉にならない驚きと恐怖で立ちすくんだ少女に、先程馬車の前で戦っていたと思われる唯一の人間…男が声をかける。
少女はその声と、薄暗い中で優しい光を湛えた瞳に目を奪われた。

「ほらプックル」

何も言わない少女を男は怯えていると思ったらしい。
キラーパンサーの頭を犬か猫のように撫でて、少女に近寄らせた。

「きゃ…」

プックルと呼ばれたキラーパンサーは少女の体に頭をごしごしと擦り付け、猫のような音でぐるぐると甘えをアピールしている。
よく見るとキラーパンサーの太い首には鉄の首輪がついており、その首輪には古めかしいリボンが巻かれていた。

少女は驚いて男を見た。

「大丈夫って言っただろ?」

少女は無言で頷く。

「リュカー、あらかた片付け終わりましたが、残念ながら生存者は…」

硬い声で状況を報告しているのは半透明のスライムに乗った騎士、スライムナイトだ。
少女はやはり、彼らはモンスターだったのだと気付いた。
モンスターがモンスターと戦って自分を助けてくれる、そんなことがあるんだろうか。

「死に掛けていた商人から聞いた話じゃと、ルラフェンに向かう途中だったということじゃ。
それにしても数の多い隊商じゃの。いまどき珍しいのう」

皺くちゃで骨が見えそうなほど痩せた老人が樫の杖にすがりながら歩いてくる。

「おや、そちらの娘さんは」

老人に指摘されて少女はびくっと身を震わせた。

「た、助けてください。せめて、シスターだけでも、ルラフェンに…」

どれどれ、と老人と男がシスターの怪我の具合を見る。

老人がしゃがむとき、ローブの中の姿がはっきりと見えてしまった。
長生きしているといっても、いくらなんでも人間では数十歳が限界だろう。
その数十歳どころではない老け方に、やはりあれは人間ではないのだと、あれもモンスターだ、と少女は確信した。

「傷口がしっかりふさがれておるな」
「ベホイミをすぐかけたので…」

男は老人の方を叩いた。

「もう日が暮れて、次の集団がいつ来るかわからないよ。とりあえずルラフェンにいこう」
「そうじゃな」

彼らに連れられて、少女は意識を失った修道女と共にルラフェンの宿屋へ向かった。

太陽神の贈り物を尋ねて2

平穏な山奥の村ライフコッドに一行が姿を現したのはそれから程なくしてであった。
美しい白馬を連れて、奇抜な4人を連れたイザは村人の目線を気にしつつ、教会の戸を押した。

「どうしたイザ…ぬ、そちらの方々は?」
「精霊さまに祈りに来たんです」

チャモロの勧めで全員席に着いた。

「イザさん、代表して何か言って下さい」
「え…」

イザはすらすらと祈りの言葉を言えるような器用な男ではない。
勿論、ここでは器用というのはキザとか、狡猾という分類の器用という意味だ。
一生懸命回らない頭で考えて、やっと出た言葉は、

「精霊さま、山の精霊さま」

ぎゅっと目をつぶってイザは眉間にしわを寄せた。

「ラーの鏡を直してください!
俺たちあれがないとムドーを倒せないんです!どうかお願いします!」

誰も何も言わず、教会の中はしーんとしていた。
やっぱりダメか、そう無理に明るく笑おうとしたイザは、目を開けて驚き、椅子から滑り落ちそうになる。
目の前に半透明の美しい女性が立っているのが見えて、思わず目を白黒させた。

――この世界の鏡は、割れてしまいました。

誰かの、ごくりと唾を飲む音がより緊張を高める。

――この世界ではもう鏡を直すことができません。

「じゃあどうしたら」

――鏡はかつて妖精たちが使っていたとされます。
あるとき、太陽神ラーの妹君が妖精の差し出した銅の鏡を覗いた所、神々しい光を放っていたせいで普通の鏡には映らなかったのだそうです。
鏡に嫌われたとふさぎこんでしまった妹君の姿を映す鏡を作るため、ある精霊が星や月のきらめきから作られた剣を溶かして鏡を作りました。
それがラーの鏡です。

「美しさは罪ね…」
と、バーバラ。
ミレーユがバーバラの脇を肘で小突く。

――実はこの世界にあるラーの鏡は、私がこの世界に移り住む時にラーから頂いた鏡。
今話した伝説の後に同じ製法で作られた鏡なのです。
ですから、私が前いた世界に行けばまだ他の鏡があるはずです…

「あの鏡はイリス人が作ったんだとばっかり思ってたわ。違ったのね」
と、ミレーユ。

――あの鏡は人の手では作ることができません。
たとえ優れた技術を持ったイリス人であったとしても。
…さあ、今日は休むのです。
明日の日が昇る頃、村の中で一番高いところで東の空を見てお待ちなさい。
あなたたちを鏡のある世界へと送ってあげましょう。
おやすみなさい、私のかわいい勇者たちよ。

ぽろ、イザはふと自分の目から涙が流れていることに気付いた。
なんでだろ、そう不思議に思いながら涙を手の甲でごしごしとぬぐって立ち上がった。

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