夢を見た日から5年の時が経った。
リュカと約束した本を書こうと思ったけれども、書くにしては文字をしらなすぎた私は母に頼んで読み書きを沢山教えてもらうことにした。
父もそれを喜んでサラボナで名高い先生を呼んでくれたり、世界の物語を買ってきてくれたりした。
昼間はそれで忙しくて、夜こっそりと明かりをつけてペンを握る生活を続けていた…
あの晩リュカから聞いた冒険を紙に書き留めて、ようやく妖精の国の話まで書き終えたところだった。
(どうしても今月中に書き終えなきゃいけなかった…)
来月から私は修道院に行くことになってしまった。
読み書きが熱心で、本が好きでという私によりよい学びをと思ったのも少しはあるんだと思う。けれども夜起きていたから聞こえてしまった話もあった。
修道院に行かせるのは花嫁修業だって、父が言っているのを聞いてしまった。
花嫁修業より、私はもっといろんなことを知りたかった。
昔のように世界を回りたかった。リュカのように冒険をしてみたかった。
サラボナで裕福な暮らしをしていることに、どこか悪い気がしていた。
「もう寝なきゃ、明日は大変だわ」
紙を鍵のついた机の引き出しに閉まって、倒れこむようにベッドに転がった。
「リュカ…元気にしているかしら…」
薄暗がりの中、ごつごつとした岩が見える。
岩をくりぬいた燭台に刺さったろうそくの火が風もなくゆらゆらと不気味にうごめいていた。
「ここは…」
岩に手をつきながらゆっくりと狭い通路をすすむと何か広い場所に出た。
同じく無造作に灯されたろうそくの火でぼんやりと見えるこの部屋の中は入り口からではよくわからない。
…ゴホゴホと咳き込む声がして足元に誰かが寝ていることに気付いた。
しゃがんで見ると、ボロボロの服を来た年配の女性が布団もかけずに藁のような敷物の上に横になっていた。
「いったいここは、なんなの…?」
部屋の中に思い切って足を踏み入れると、その惨状に唖然としてしまった。
「ひどい…!」
怪我をした人も老人も子供も、藁の上でボロボロの服を着て寝ている。
窓がないからわからないけれども、夜なのだろう。疲れきっているらしい人々はぴくりとも動かずに眠りについていた。
中にはうなされている人も居て、時々苦しげな声が聞こえてくる。部屋の中に、横になっていない人がいるのが見えた。
「ヘンリー…必ず僕たちはここを出る、あきらめちゃいない」
体育座りをしたその人は、ふと私のほうをみて、いきなり立ち上がった。
「フローラ…?!」
「あ…」
寝ている人を踏まないように、でも慌てて人が走ってくる。
近付くほど、このようなところに居るはずのない人であることがわかって、何事かと、両手を伸ばして彼の腕に飛び込んでしまった。
「リュカ…、リュカなの…?」
いつの間にか少し見上げなければいけないほどに大きくなって、声も少し低い。
だけれども、ろうそくが照らし出すその瞳は昔と変わらない、引き込まれるような不思議な瞳で、汚れた顔や赤くはれた頬であってもしっかりとリュカであることを物語っていた。
「フローラ…!これは、これは…夢なんだね…」
「いったいどうなさったの…こんなところで、パパスおじさまは?サンチョさんは?プックルちゃんは?」
「父さんは死んだ…っ」
「…!」
強い力で抱きしめられるのを感じた。怒りに震える声が耳元で囁いた。
「ゲマって魔物が、父さんを…っ」
あのたくましくて立派なパパスが…記憶の中でも鮮やかによみがえるパパスが、この世にいないだなんて、考えもしなかった。
リュカも自分と同じように平和な日常を送っているのだと思っていた。
「リュカ…」
私はリュカの頬に口付けた。
驚きでぽかんとしているリュカの額に額をこつんとぶつけた。好きな人が辛くて悲しんでる時はこうするものだって本に書いてあったから。
「辛くなかったら、話して…」
リュカは私を抱きしめたまま、ひとつひとつ話し始めた。
ラインハットで父がヘンリー王子の護衛を引き受けたこと、自分はヘンリー王子の遊び相手だったこと。
それからまもなくヘンリー王子が誘拐され、誘拐先で自分たちを逃がすためにゲマに殺されたこと…
「絶対、ここを出て…、母さんを探すんだ…!父さんの仇を討つんだ…」
「ああ…なんて言ったらいいかわからない、私に何かできることがあったらいいのに…」
「覚えてる、もう何年前だったか、君が僕の夢に出てきてくれたこと。
今日もそうなのかな?君がここにいるはずないものね…」
名残惜しげに腕を離そうとするリュカを引き止めた。
「朝が来て、夢が終わるまで…」
「一緒に居てくれるの?」
「居てもいいの?」
「居て欲しい…」
再びリュカに抱きしめられながら、今度はヘンリー王子の話を沢山聞いた…
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