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花嫁は勇者様4

夜になって、リュカたちは野宿の準備を始めた。
比較的安全な場所なのもあって調理に時間がかかっても大丈夫な塩漬け肉を取り出すと、それを横から白い手が伸びてきてぱっと持っていった。
リュカは驚いて彼女を見た。

「私がやります。馬車に乗ってた時間が長いほうが、こういうときはお役に立ちますわ」
「そんな…悪いよ」
「いいえ。やらせてください。こう見えても料理は慣れてますの。
代わりにリュカさん、お水を汲んでくださいませんか?」

フローラは慣れた手つきでてきぱきと塩漬け肉を食べられる状態にし、石と枝を集めて火を起こし、どこから見つけ出したのか馬車に積んであった鍋をさっさと火にかけた。
肉を煮込む間に近くの野草を手にとって検分して鍋に放り込んだりと、彼女はリュカよりもはるかに料理が上手だった。

フローラの手料理はスラリンやピエールにも好評で、彼らのおかわりでリュカの分がなくなりそうであった。
一緒に料理の片づけをしながらリュカは横目で彼女を見た。

暗い中だが、炎に照らされて綺麗な顔の輪郭が見える。
野宿で砂と泥に囲まれても彼女の顔は美しかった。
ふと、その海のような瞳がリュカの方を見たので、二人は目が合った。

「どうしました?」
と、フローラ。

「あ、いや…。料理うまいんだなと思って」

彼女は嬉しそうに微笑んで、スラリンから落ちた毛布をかけなおした。

「サラボナにいた頃いろいろと習いましたから。
あの頃はお料理よりお菓子のほうが好きでしたけど。みなさんのお役に立ててよかったです」

同じ年頃の女の子と旅をする…そこで思い出したのはビアンカのことだった。
こんな大規模な旅なんかではなかったけれど、アルカパからレヌール城まで八歳と六歳の子供が二人で夜中に冒険にいくなんて、自分が親の立場だったら止めるに違いない。
ビアンカはあれもこれもやりたがって教えたがる面倒見のいいお姉さんだった。

それに対してヘンリーは…いまでこそ毒の抜けた親分だが、しばらくは拗ねた王子様だったから、リュカはヘンリーの分までやってあげたものだった。

大神殿から抜け出した後は、旅なれたリュカが自然とパーティリーダー的な役割になっていた。
誰かに習うことより、誰かにされることより、することのほうが多くなっていた。
そしてそれが当然だと思っていた。

「…リュカさん?」
「ああ、すみません、誰かに料理を作ってもらうなんて久しぶりすぎて」
「いつもリュカさんが作ってらっしゃるのね」
「そうなんです。ピエールとマーリンは料理は専門外だし…」
「うふふ、じゃあサラボナに着くまでリュカさんはお料理禁止ですね。私の仕事ですから」
「え!」

ニコニコと彼女は笑った。
その微笑は闇にまぎれてあまりよく見えなかったけれども、リュカはその日驚くほどよく眠れたのであった。



それから料理はフローラが作るようになり、リュカはフローラの手伝いをするようになった。
優しく、時折面白い冗談も言い、ふんわりとリュカの心を癒してくれるフローラにリュカは感謝をしてもしきれなかった。
そしてそれは感謝の域を超えて、マリアの時以上にフローラに惹かれている自分に気付くまでにそう時間はかからなかった…

彼女と二人きりで話せる食後の時間は何よりも楽しかったし、安心して背中を任せて戦えることの喜びはいつにも増してリュカに自信を与えた。
彼女がずっとこの旅に居てくれたら…そう思って、ヘンリーのことを思い出した。

(この人に旅をしなきゃいけない理由はない…)

サラボナが近くなれば本当は嬉しいはずだったのに、フローラと別れることになるのが辛くて、地図を見る頻度が減っていった。
もっと彼女の声を聞いていたい、もっと彼女を見ていたい。
リュカの想いとサラボナへの距離は反比例していった。



サラボナへ抜けるトンネルの前に宿はあった。

そこは人でいっぱいで…なぜかといえば、この間の隊商が全滅したこともあって皆ルラフェンのほうへ行きたがらずここに留まっているのだという。
商人や傭兵の間を抜け、修道女と旅人と騎士と老魔術師という奇妙な四人組はテーブルについた。
料理を頼んでから周囲の会話に耳を済ませると、どうやらフローラの話題で持ちきりらしかった。

「きいたかい、ついにお嬢様を呼び戻したんだってよ!」
「嫁にしようって行く奴らは多いだろうなぁ」
「フローラお嬢様はサラボナ一、いや世界一の美女って聞くぜ。結婚すればルドマン家の財産もがっぽりだぜ」
「おまえなんかがお嬢様と結婚できるかよ~」

リュカがフローラを見ると、フローラは聞いてないふりをしたいようで、落ち着きのない様子で飲み物の氷をスプーンでかき回していた。

「なんでも、ルドマンさんはお嬢さんと結婚した人に天空の盾を授けるって言ったらしいぜ!」
「なんだって?!」
「お嬢さんが帰ってきたら花婿選びをするらしいな。
こりゃー面白くなりそうだぜ。ルラフェンいかねえでサラボナに帰るか」

男たちが荷物をまとめて出て行くと、フローラはため息をついた。

「もうそんな話になっているのですね…」
「フローラさん…」

リュカはどう声をかけていいのかわからない。
望まない相手と結婚させられるかもしれない、自分が卑しい目で見られて競争の景品になる…そんな想いはしたことがないし理解しようにも出来なかった。

「…考えても仕方のないことですわ。最初からわかってましたし…」

そう呟くフローラだが、その呟きはリュカへの説明ではなく、自分に言い聞かせているようにリュカには聞こえた。

この人は自分と結ばれることはないのだ、マリアの時と近い絶望感が広がっていくのをリュカは感じていた。

だが、マリアのときは親友のためにすんなりと受け入れられた現実を、フローラでは…まったく受け入れることが出来なかった。
誰か他の男に微笑む彼女を想像しただけで、彼女を腕に抱くことを許される男を想像しただけで、リュカはやりきれない悔しさと怒りに支配されてしまうのであった。
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