心此処に在らず。
そんなオーラを漂わせてバルコニーでぼんやり立ち尽くしている息子を、レイドック夫妻は呆れながら見ていた。
初老のレイドック王はにやにやと笑いながら妻に言う。
「やはりわしに似て、一人の女に入れ込んでしまう性格じゃないか、ん?」
シェーラ王妃も負けず、にやりとする。
「イズュラーヒンは私に似て、考え出すと止まらない性格なのよ」
ダーマの神殿の封印された扉の先にある世界を冒険してきてから、名目上「親孝行」でレイドックに帰ってきたものの、自由な時間になると心此処に在らずな様子で毎日遠くばかりみている。
一度里帰りして親孝行することにしたハッサンや同じく里帰りすることにしたチャモロやバーバラのことを考えて、新しい冒険は一年後にすることにしたらしい。
彼は一応レイドックの唯一の王位継承者なので、一年の間にレイドックの子供や兵士に剣を教えたり、城下町やレイドックの影響力が及ぶ地域の視察をすることに決めたらしいが、両親から見ると籠の中の小鳥のような不憫さを感じるのであった。
「陛下、殿下はいつも外を見ておいでです」
「そうなのじゃよ、ふふふ」
「…今日も、志願兵たちに剣術を指導しながら、ホイミとか以外の魔法を教えられたらなあとおっしゃっては窓のほうをご覧に」
トム兵士長、いまはもう将軍だ――が、心配そうにイザのほうを見つめている。
「シェーラよ、あれはどう出るとおもう?」
「暁の王子イズュラーヒンは運命の女神もが味方する子。運命が導いてくれましょう」
「なるほど、なるほどな!わっはっは!」
「えっ、妃殿下、どういうことです?私にもお教えくださいっ!」
三人の賑やかな声がレイドック城に響き渡った。
青い空が広がっていて、レイドックの城門では子供たちが楽しそうに無邪気に駆け回り、武器屋は暇に耐えかねて包丁作りに熱心、レイドックの地下水路は兵士たちの練習場のひとつになっているし、平和というものはいいけれど暇になる。
「はぁ…」
今日何度目かわからない切なげなため息を漏らし、イザは空を見上げた。
「暇だなあ…」
わかっているのだ、暇なことがため息の原因なわけではなくて、ミレーユに会えないことが原因であると。
ルーラで会えばいいのだけれども、彼女は今ガンディーノに里帰りしている。ちなみに弟と一緒だ。
一家団欒を邪魔するわけにもいかないし、でも会いたい…
そんな相反する想いがイザを掻き立てていた。
「何をしてもミレーユのこと思い出しちゃうんだもんな」
自嘲気味に苦笑する。
「思えば、ミレーユと離れてたのだって、ムドーに負けてライフコッドに飛ばされてサンマリーノで会うまでの間だけだし、その間はミレーユの記憶がなかったし…」
いつも一緒だったから余計に気づけなかった。
離れたらこんなに恋しいなんて、なんか自分が情けない。
「はぁ、テリーが羨ましい…だなんて。ミレーユに聞かれたら笑われちゃうな」
水晶の中に、夜中のレイドック城を抜け出してルーラを唱える青年の姿が映っている。
グランマーズはふぉっふぉっふぉ、と不気味に笑って立ち上がり、いまにやってくるだろう彼を出迎えるために扉を開けた。
「イズュラーヒン王子、こんな夜更けにようこそ!ひゃっひゃっひゃっ」
「ほんとお見通しだなあ…」
苦笑するイザを中に通し、椅子に座らせる。
グランマーズはイザに湯気が出ている妙な匂いの飲み物をすすめ、顔を覗き込んだ。
「なんじゃ、色男。夢占いされにきたのかえ?」
「最近夢もみないもんで、占えるかわからないけど」
「夢を見ない、か…。迷っておるのじゃな」
「そりゃ…」
イザは手をぎゅっと握り締めた。
「俺一人でできるなにかならいいけど、そうじゃないし」
「ふむ…」
グランマーズは目を輝かせた。既に先を知ってそうな、意味ありげな笑いを浮かべながら。
イザは心を見透かされている気分になったが、お願いします、と頭を下げた。
「よし!ひとつ占ってしんぜよう」
濃い紫の布がはらりと解け、丸く透明な水晶がつるりと光った。
グランマーズがなにか唱えると水晶がぼんやりと青い光を放つ。
イザには特に何も見えないが、老女の目にはなにかが見えるのかもしれない。
にやにやと笑うマーズの発する言葉を待つことしばし、水晶は静かに光を隠した。
「レイドックでしばし、振興に励むがよい。バランスよく、じゃ。
武道だけではないぞ、学問や魔法もじゃ。
そのうち運命は訪れる。いまの願いはなんじゃ?」
イザは困ったような顔をしていたが、うんと強く頷いた。
「いまの俺の願いは…」
ガンディーノの夜は静かだ。
ミレーユは両親が寝静まった後、一人静かに居間にいた。
テリーはお風呂に入っているからいまだけだ。
小さくため息をついた後、鞄から水晶を取り出して魔法をかけた。
水晶がきらめき、金色の細い魔法の糸が絡まりあって何かを織り出していく。
『ミレーユ、元気にしてるかえ?』
いつもと変わらないグランマーズが微笑んでいる。
懐かしかった、こう平和の中にいて幸せなはずなのに、
仲間たちと戦いの中を生きた頃が楽しく懐かしく感じてしまう。
平和になってしまっては、彼のそばにいる理由もなくなってしまったから。
『今日はいいものを見せよう。
だから元気に暮らしなされよ、ひゃっひゃっひゃっ』
水晶がゆらりと揺れ、ミレーユが一番会いたかった人の顔が映る。
「…ああ、イザ!」
『いまの願いはなんじゃ?』
グランマーズの声に、水晶に映る彼は困った顔をしていたが真剣な目で答えた。
『ミレーユのそばに居たい、それだけだから。
ミレーユのために繋がるならなんでもやるさ!』
「うそ…」
思わず口を押さえた。
ガタン、とテリーがお風呂から出た音がした。
ミレーユは慌てて水晶に布をかけて鞄に仕舞い、台所に立った。
(イザが一番したいことが、私といることだなんて…そんな、うそみたい)
立ったまま、空のコップを持って思考にふけった。
(おばあちゃんったら、水晶でお話できるからって。
諦めようとおもってたのに諦められなくなっちゃうわ…)
「ねえさん?」
テリーの声がして振り返る。
「空のコップもってなにやってんだ?」
「え?あ…」
やれやれとテリーは肩をすくめる。
「家を空けてた時間は俺のほうが長い、
とうさんとかあさんは俺がいるから大丈夫だ。
ねえさんはばあさんのとこでも行ってくればいいさ」
お題配布元:http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/index.html
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