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天球ギャラリー

小説、イラストの保存庫です。
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太陽神の贈り物を尋ねて3

***

翌朝、夜明け前のライフコッドは意外と賑やかだった。

若者は寝るのが遅いが起きるのも遅い。
老人は寝るのが早く起きるのは早い。

畑に歩いていく白髪のおじいさんの姿を懐かしく見送って、イザたちは村長の家の裏、ライフコッド山の切り立った崖が見える場所に陣取った。

「東の空ってことは、お日さまが出る方向だね」

バーバラがわくわくしてたまらないといった顔で言う。

「なんだろ、なにが起こるのかなぁ」
「俺高いところ嫌なんだけど…」

ハッサンは自身のでかい図体を両手でぎゅうっと抱きしめた。

「あんなに高い屋根に上ってカンカン打てるのにダメなのか?」
「だってよぉ、屋根には足場があるじゃねえか。ここなんて柵もねえ!」
「山に柵なんて普通はついてないって」

イザは笑った。

と、その時、誰かが「あっち!」と指を指した。

言葉に出せない美しい紺色の空に、うっすらと光が見える。
日の出を背に、太陽の光が形になったような神々しい何かが、金色の光を撒きながらこちらを目指して飛んでくる。

「ウォオオオーン…!」

現れたのは太陽の光がそのまま鳥の形になったような大きな鳥だった。

鳥なのか、モンスターなのかわからない。
黄金の鳥は、ハッサンの身の丈の二倍はあろうかという大きな翼をはためかせながら、器用に崖に足をひっかけた。

一行の中で一番動物の扱いが上手い、動物担当のイザがおそるおそる近付くと、
鳥は先程の雄雄しさとは正反対に優しい声でクルルッと鳴き、首を下げた。

「乗っていい?」

黄金の毛に囲まれた宝石のような紅の瞳がぱちぱちとまばたきをする。

イザは鳥の背に飛び乗った。
バーバラが、チャモロが、ミレーユが、最後にハッサンが飛び乗ると、鳥はライフコッド山の上空を大きく旋回し、空高く、真上を目指して急上昇した。

空の色がどんどん薄くなり、徐々に寒さが増してくると、器用にも鳥は自分でマジックバリアとフバーハを張った。

「まぁ、なんて賢いの、この子は」

ミレーユのもらした感嘆の声に鳥は甘えるように返事をする。

真っ白な空間を飛び越え、真っ暗な空間を飛び越え、また空に舞い戻った。
今度はぐんぐんと真下に急降下していって、最後は雷のように大地を目指して舞い降りる。
背中に乗ったイザたちは鳥の毛を必死で掴んで、振り落とされないように必死だった。

どれくらいの時が経っただろうか。
まったく何もわからないまま、鳥に起こされ、降ろされる。

「…ここはどこだ?」

後ろには重い扉で厳重に封印された地下への入り口があるようだが、ハッサンとイザで引いてみても、チャモロたちが魔法をぶつけてみてもびくともしないので開けることをあきらめた。

周囲を見渡せば見渡す限りが砂漠、遠くには高い山が見える。
山が見えるのではない、砂漠は山に囲まれていた。
どの方向を見ても同じくらいの遠さの場所に山がある。

「見ろよ、あっちに町が見える」

ハッサンに促され、一行は歩き出した。



割と町は近かった。
白い古風な雰囲気の荘厳な神殿が建っており、町に入るにはその神殿を通るしかなさそうだ。
一行は神殿の通用門らしき扉についた鈴を鳴らした。

扉を開けた高齢の神官は口をあんぐりと開けた。

「おぬしら、どうやってこの中へ入った?」
「えっ」

イザは精霊さまの言う通り金色の鳥に連れられてここに来たことを話した。
嘘のなさそうな目だと言われるイザの目を見て、この神官も疑い深そうではあったが渋々納得したようである。

「ともかく、入るが良い。
ルビス様のおぼしめしとあってはそなたらをぞんざいに扱ってはバチが当たりそうじゃ」

「あの精霊さまはルビス様っていうんですか!」
「なに!そんなことも知らんのか!どこまで田舎者なんじゃ!」

この神官は規律にうるさいらしく、壁に貼ってあった地図を指し示した。

「ここが今わしとおぬしらが居るランシールの神殿、おぬしらがやってきたのは勇者の勇気を試すための場所、「地球のへそ」じゃ!
あそこに行くためにはこの神殿を通らなくてはならぬ、おぬしらの言うように、この神殿を通らずにあそこに入ることができるのは空から来た場合だけじゃ!」

「ランシール…?」
「あの地図、現実世界でも夢の世界でもない」
「見たことない地図です…」

神官は咳払いをした。

「ともかく、ルビス様はこの世界の守り神。
ルビス様に頼まれごとをされたとはどういうことじゃ。
正直に話せば協力してやらんでもないぞ、んー?」

「このおっさん、言い方がいやらしいな」
とハッサンは小声で言った。

「妖精が使ってたという、ラーの鏡というものを探しているんです」

「妖精、妖精…そうじゃな、まずは船に乗ってアリアハンに向かうとよかろう。
アリアハンはここじゃ。東に進んですぐ着く。
ここは世界に船を出す港じゃから、妖精の話を聞いたことがある人もおるじゃろう」

「アリアハンか…よし」

一行は神官に世界地図をもらって町を出た。

町を出る前に少々店を覗いたのだが、なにやら文字は全て鏡の塔やダーマの神殿にあったような古臭い文字で読むことができない。
陳列された武器防具は鉄仮面や身かわしの服のような定番アイテムだったが、道具屋には見たことのない怪しげな草が聖水の十五倍の値段で売っていた。
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太陽神の贈り物を尋ねて2

平穏な山奥の村ライフコッドに一行が姿を現したのはそれから程なくしてであった。
美しい白馬を連れて、奇抜な4人を連れたイザは村人の目線を気にしつつ、教会の戸を押した。

「どうしたイザ…ぬ、そちらの方々は?」
「精霊さまに祈りに来たんです」

チャモロの勧めで全員席に着いた。

「イザさん、代表して何か言って下さい」
「え…」

イザはすらすらと祈りの言葉を言えるような器用な男ではない。
勿論、ここでは器用というのはキザとか、狡猾という分類の器用という意味だ。
一生懸命回らない頭で考えて、やっと出た言葉は、

「精霊さま、山の精霊さま」

ぎゅっと目をつぶってイザは眉間にしわを寄せた。

「ラーの鏡を直してください!
俺たちあれがないとムドーを倒せないんです!どうかお願いします!」

誰も何も言わず、教会の中はしーんとしていた。
やっぱりダメか、そう無理に明るく笑おうとしたイザは、目を開けて驚き、椅子から滑り落ちそうになる。
目の前に半透明の美しい女性が立っているのが見えて、思わず目を白黒させた。

――この世界の鏡は、割れてしまいました。

誰かの、ごくりと唾を飲む音がより緊張を高める。

――この世界ではもう鏡を直すことができません。

「じゃあどうしたら」

――鏡はかつて妖精たちが使っていたとされます。
あるとき、太陽神ラーの妹君が妖精の差し出した銅の鏡を覗いた所、神々しい光を放っていたせいで普通の鏡には映らなかったのだそうです。
鏡に嫌われたとふさぎこんでしまった妹君の姿を映す鏡を作るため、ある精霊が星や月のきらめきから作られた剣を溶かして鏡を作りました。
それがラーの鏡です。

「美しさは罪ね…」
と、バーバラ。
ミレーユがバーバラの脇を肘で小突く。

――実はこの世界にあるラーの鏡は、私がこの世界に移り住む時にラーから頂いた鏡。
今話した伝説の後に同じ製法で作られた鏡なのです。
ですから、私が前いた世界に行けばまだ他の鏡があるはずです…

「あの鏡はイリス人が作ったんだとばっかり思ってたわ。違ったのね」
と、ミレーユ。

――あの鏡は人の手では作ることができません。
たとえ優れた技術を持ったイリス人であったとしても。
…さあ、今日は休むのです。
明日の日が昇る頃、村の中で一番高いところで東の空を見てお待ちなさい。
あなたたちを鏡のある世界へと送ってあげましょう。
おやすみなさい、私のかわいい勇者たちよ。

ぽろ、イザはふと自分の目から涙が流れていることに気付いた。
なんでだろ、そう不思議に思いながら涙を手の甲でごしごしとぬぐって立ち上がった。

太陽神の贈り物を尋ねて1

ガシャアアアアアン!

雷鳴鳴り響く魔王の居城には怪しげな紫の霧が立ち込め、むせるような死臭と血の匂いが充満している。
その中、緑褐色の巨体を揺らしながら堂々とした佇まいで王座に座っている魔物――
ムドーは、雷の音と重なって先程鳴った音に満足し、愚かで勇敢なる人間たちを夢の世界に帰した安堵感に浸り始めた。

主の様子に、配下の魔物たちは部屋の掃除を始める。
割れた鏡の破片を触ろうとした腐った死体は一際大きなうめき声を上げてひっくり返った。

「ギョエッ!」

部屋は騒然とする。
ざわざわと魔物たちは鏡の周りに集まってくるが、野次馬根性あふれる魔物たちの中には沈黙の羊やぬけがら兵に弾き飛ばされて破片に触れてしまう者もいた。
切り裂きピエロの二体が警備兵のように鏡の破片の周辺を囲み、主の指示を仰いだ。


***


「いったーい!なにこれ、いつからここにあったんだっけ。ちょっとー、おにいちゃーん!」

イザはまどろみの中、妹の呼ぶ声で目を覚ました。

酷く悪い夢を見ていた気がする。
緑褐色の巨体を揺らしてあいつが近づいてきて…
そうだ、ムドーだ、ムドーが俺たちを、石にしてバラバラに…

「ちょっとイザにいちゃん!」

ターニアにぐいっと首根っこを引っ張られて、イザは床に落っこちた。

「ぐぁ…、なんだよターニア、俺は今」
「なんだよじゃあないでしょ、あれはなに?いつ持って帰ってたの?」

腕を組んでご立腹な様子のターニアの背中越しに見えるのは、玄関に落ちている何やらきらきらと光る欠片だった。
イザは慌てて立ち上がって玄関に向かった。

「これは…」

割れていたのはラーの鏡だった。

ハッサンが一人で背負ってやっと運べるあの大きな頑丈そうな鏡がばりんと真ん中から真っ二つに割れていた。
ムドーが怪しげな光を放って自分たちを夢の世界に飛ばそうとしたところまでは覚えている。
ムドーはラーの鏡に気付いていたのかもしれない。
二度とはむかえないように、鏡を割ってしまったのか。

「…どうしよう」
「こんな大きな鏡どこから持ってきたの?しかも割れちゃってる」

ターニアがひょいっとイザの横から顔を出し、割れた鏡を覗き込む。

「あれ、鏡の中の私元気がないみたい。なんでかな」
「あー、とにかくちょっと出かけてくる!」
「えーっ、このままにしておくの!」

妹の抗議する声を聞かなかったことにして、イザは扉を開ける。
器用に鏡の破片を飛び越えて外に出て、両手を広げる。

「ルーラ!」



イザは一路、マルシェ(=シエーナ)から大地の大穴を目指した。
冠職人が落ちかけたあの大穴からトルッカの近くへ、そこからルーラでグランマーズの館に向かった。

元々夢の体だったので飛ばされても変わらなかったらしい、夢見のしずくの効果は切れておらず、イザの姿は透けていなかった。

「イザ」

日が暮れる頃、グランマーズの家の扉の前に座り込んでいたミレーユが顔を上げてイザを迎えた。

「早かったわね」

ミレーユの顔はいつもよりも青白かった。
この表情、いつもよりも枯れた声からして状況は悪いのだろう。
イザはなんとなくそう感じ取った。

「状況は最悪よ」
「…なんとなくそんな気がしてた」
「ハッサンとバーバラがまだなんだけど、とりあえず入って」

ミレーユの後について中に入ると既にチャモロが席についていた。

「イザさん」

チャモロはグランマーズの淹れたハーブティーの湯気で曇った眼鏡を拭きながら言った。

「ムドーに負けて飛ばされたにも関わらず、我々は記憶を失っていません。
私もゲントに戻されただけでこの通り」

「おそらく、鏡があった影響じゃよ。
おぬしらを夢の世界に飛ばそうとしたとき…
これはバシルーラという魔法じゃから、体と心を分離するほどの力はない。
心と体を分離しようと別の魔法を唱えようとした、しかしその魔法は鏡が邪魔して発動せんかった」

「鏡は割れちゃってましたよ」

イザは小さな声でそう添えて、湯呑みを手に席についた。
ミレーユとチャモロがため息をつく。
同時に、扉が開いてハッサンとバーバラが入ってきた。

「危うく1ゴールドも持ってなくてキメラの翼買えなかったぜ…
ちょいちょいっとガンコ鳥捻ってやっと」
「あたしはみんなの荷物からキメラの翼使っちゃった」

全員が席に着くとグランマーズは水晶玉の布をめくった。

グランマーズのよくわからない呪文の詠唱が終わると、水晶玉には高い山とのどかな畑…牛…そして教会が映っていた。

「ライフコッドだ!」

玉が映し出す光景は教会の中、神父さんが女神像を布巾で拭いているところで終わった。

「山の精霊さまにお願いしにいけ、ってことかな」

精霊さまはレイドックに行く前にターニアに重なって見えただけだから、また会えるかどうかはわからない。
だけれども、この占いが外れる気はしなかった。

「行きましょう、こういうとき神様が裏切ることはないです」
と、チャモロ。

チャモロが立ち上がって出て行くと、バーバラが立ち上がる。
スカートの裾をちょんちょんと直して
「夢の世界ならなんとかなるよ!」

ミレーユは前の二人を見送って、苦笑した。
「みんなお気楽ね。あたしも見習わなきゃ」

最後にハッサンに思いっきり背中を叩かれた。
「ファルシオンを迎えに行ってからだぜ!」

イザはやっと笑みを漏らした。

新世界のオルゴール14

レイドックは歓声に満ちていた。
国民の愛するイズュラーヒン王子が国に戻り、結婚式を挙げているからであった。

ムドー討伐のときと同じくらいか、それ以上に王宮の中庭はごった返している。
跳ね橋はおろされ、城門は開け放たれ、民も兵も貴族も入り混じって宴を楽しんでいた。
ゲバンの悪政で疲弊したレイドックには豪華なものは残っていなかったし、
それでも残っていたものはムドー討伐の祝宴と王子帰還の宴で使い果たしたし、
王主催の宴の割には飲食物以外にめぼしいものがない宴であったが、
王が少しそれを気に掛けていると知った国民がそれぞれの家庭の味を持ち寄ったため品目だけは豊富であった。
宴や祭が好きなレイドック王は、近い間にこんなに宴を開くことはいままでになかったと喜んでいたという。



城内に飽き足らず城下町に繰り出した少年鼓笛隊は、
楽器を手に音楽を演奏し、王子と花嫁の話を国民に言いふらしていた。

「おれ、最初に妃殿下に話しかけたんだぜ!」

鼓笛隊の黄色のベレー帽を被った少年が前歯をニッと出して笑った。

「あのときの妃殿下といったら男よりもかっこよくてさぁ、
御馬のファルシオンからヒラァッと飛び降りて、こう手綱を引いてだな、
真っ白い指でおれにコインを…」
「おれだって!イズュラーヒン殿下のお側に寄って、記憶を無くされてた殿下に」
「僕も僕も!」

そんな賑やかな城下町の様子をテラスから眺めていたのは主役たちであった。

「ねえ、イザ、レイドックってすごく素敵なところよね」
「俺もそう思うよ」

イザは城下町を見渡してから改めて隣に立つ女性を見た。
彼には隣に立つ美しい女が自分と結婚したのだとはまだ信じがたかった。
彼女はあまりに美しすぎて…その姿のままコンテストの舞台を歩くのではないかと思ってしまうほどだ。

純白のドレスからお色直しをしたミレーユは、長い髪を結わずに背に流し、
普段は着ないような肩を露出した夕焼色のドレスを身に着けている。
ギルドのサークレットがあった額には代わりに黄金のティアラが、
派手な化粧をしない顔にもバーバラが気合を入れた口紅やらが散りばめられていた。
ドレスの裾から見える細い足は窮屈そうなヒールの高い靴を履きこなしていたが、
足が疲れたのか爪先立ちになったり踵以外を浮かせたりしている。

「俺の父さんの国だ。…そして、俺の国なんだ」

ミレーユはくすっと笑った。

「レイドックの人の気質は、一度そう決めたら勢いでやっちゃおうとするところね」
「お祭りが大好きなんだ」
「明るいのはすごくいいことだわ」

イザはミレーユの肩に手を置く。

「…俺を置いていかないでくれよ」
「ええ、勿論よ」

ミレーユは肩越しにイザの顔を見つめた。
不安はあるけれども、こうと覚悟を決めた顔で。

「神様たちがなんと言ったって、わたしはここを離れないわ。
それにね、ちょっと聞いてちょうだい、
さっき、王立の魔法研究所を作るってシェーラ王妃と決めたばっかりなのよ。
レイドックの長い歴史の中で魔法を研究する建物なんて無かったって、今回初めてなんですって。
近くに鏡の塔みたいな凄い古代建築物があるのに研究しようともしなかったなんて信じられない」
「母さんもミレーユもそっちのほうに熱心だなあ…」

イザはその学者魂に半ば呆れながらも安心していた。
レイドックに来ることに気が進まないとか無いだろうか、
本当はグランマーズの館でひっそりと夢占いの修行を続けたかったんじゃないか、など
イザは少し不安を覚えていたのだった。

「…で、それでね、…ちょっとイザ?聞いてる?」
「ああ、聞いてる、聞いてる」

イザはミレーユを引き寄せた。
真面目な話をしていたミレーユは急にモードが切り替わらないらしい、引き寄せられて戸惑った様子を見せた。

「ど、どうしたのよいきなり」
「誰もいないし、ほら…」

どうしたのよと言われると言葉で説明するのが恥ずかしい。

しょうがないわね、と口では言いつつ可愛く目を閉じるミレーユの顎を持ち上げ、口付けた。
数秒、触れるだけのキスをし、イザが唇を開きかけたそのとき、

「おーい、主役がいないんじゃ始まらないぜー!」

ハッサンの陽気な(ほぼ完全に酔っ払った)声がテラスに響き渡り、二人はぱっと体を離した。



中庭に戻った二人は、片隅にやけに大きな男と長いマントを身に着けた女がいることに気付いた。
ミレーユは二人に近付き、会釈した。
大きな男は髭を撫でながら豪快に笑い、手に持ったワイングラスを掲げる。

「モシャスを掛けてもらってね、どうしても見に来たかったのだ」

ミレーユの本当の両親―――魔人フランボワヤンと、翼人リディアであった。
リディアのほうはモシャスではないらしい、マントの下に翼を隠しているのかやけに背中のほうが膨れている。

「よく似合ってるわ、ミレーユ」

イザにはリディアの顔にミレーユの顔が被って見えた。
端正な顔に金色の髪、切れ長の目…彼女の目元は満足げに微笑んでいた。
彼女もまた、長年の重責から解放されたのだろう。

「この世界に残ることにしたのですね」

リディアの伸ばした手がミレーユの頬を撫でる。

「何があってもしっかりと生きてください。
私たちも、空からあなたを見守っています…」




アモスとモンスター達が叫び声を上げながら駆け寄って来るのが見えた。
ミレーユそっくりの格好をしたホックがテリーにカツラを奪われてそそくさと影に隠れるのが見え、イザは笑い出した。
バーバラとハッサンが肩を組んで非公認なイズュラーヒン殿下の歌を熱唱し、チャモロがなにやらお茶の準備をしている。

完全に出来上がったハッサン、バーバラ、アモスにピーピー囃され、取り囲まれてイザは膝を折った。

「妃殿下、わたくしめと一曲踊っていただけますか」

ミレーユは優雅に屈んでイザの手をとった。

「よろこんで」

中庭には新郎新婦を見ようと大勢の人々が押しかけた。
音楽家たちの陽気なリズムに合わせて二人は作法も気にせず思うがままに踊る。
二人は片時も手を離すことはなかった。



----------



ザアアアアアア…

滝の音が大きく、他に何も聞こえない。
一冊の書物を手に、銀髪の剣士は滝を仰いだ。

「竜になれば、境界線を越える事が出来るだろうか…」

彼は歩き出した。

―――新しい修行の旅へと。



(第一部 完)

真珠の繋ぐ想い(下)

「はぁ、はぁ…!」

少女は走っていた。
通気口を抜けて埃と煤にまみれてしまった白いドレスの裾を持ち、足は裸足で、
ガンディーノの城が遠く見えるようになる所まで必死に走り続けていた。

小高い丘の上まで走ると、ガンディーノの城下町が見えた。
そして反対側には港町が見える。
ミレーユは町に残してきた弟と両親、そして誤解したままの親友のことを思って胸を押さえた。

かちゃ、ミレーユの手首で何かが音を鳴らした。
ミレーユの手首についていたのは白い玉を二つ、
高級そうな丈夫な紐で結びつけた腕飾りだった。

「シェリスタからもらった腕輪で逃げてきちゃったけど、これは大丈夫だったのね」

突如現れて、目の前で透明になって消えた王子様がくれた腕飾りだ。
それを見ていると、案外これからなんとかなる気がしてきた。
ミレーユは自分の身を見直した。
シェリスタがくれた腕輪以外の装飾品は無事だ。
ギンドロが用意してくれた飾りと服を売って船に乗って、グランマーズに助けを求めにいこう、そうミレーユは硬く誓った。

その数年後、ミレーユは額にサークレットを嵌め、
魔法使いギルドで調達した衣装を身に着けて立ち上がる。
そのとき、腕飾りはしていなかったが、
似たような白い玉のイヤリングが耳に下がっていた。



・・・・・



「そろそろ海に出るぜ」

ハッサンの声を聞いて、レイドック王子イズュラーヒンは我に返った。
父がムドー討伐に出かけて目覚めぬ眠りに入ったのち、
母もまたムドーの研究をしすぎて目覚めぬ眠りに入ってしまった。

これは自分で倒してくるしかないと計画を練っていた夜、
抜け出そうと庭でごそごそしていたところ、
忍び込んできたハッサンに出会ったのだ。
意気投合して改めて準備を重ねた二人は今夜、
船に乗ってムドーの島を目指すことにしていた。

レイドック郊外、海に近い場所にレイドック国の軍用船のドックがあった。
不思議なことに門の警備員たちはみな眠りこけており、
イザたちは何の苦労もすることなく中に入り込むことが出来てしまった。
レイドックの紋章がついた王族用の船の前に、誰か人が立っている。

「イザ、ハッサン。あなたたちが来るのを待っていたわ」

低めの女の声だ。ハッサンが身構える。

「誰だ!」
「わたしはミレーユ。あなたたちと一緒にムドーを倒しにいくの」

ミレーユ、金髪に青い目、美しい容姿、イザには一人だけ心当たりがあった。
ハッサンがいぶかしげにたずねる。

「あんたに何ができるんだ?相手は魔王ムドーだぜ」
「逆に言うわ、ムドーの城は切り立った崖の上。
どうやって行くつもり?船で島にはつけても城にはつけないわよ。
わたしは渡る方法を知っているわ」

ハッサンとミレーユがしばし無言で対峙する。
その緊張感を持った様子が、イザには奇妙に安心を覚えるのであった。
ハッサンもミレーユも自分の味方だという根拠のない自信があるからだった。

「…どう?一緒にいかない?」
「城までいけねぇんじゃ始まらないしな、よろしく頼むぜ姐さん」

ハッサンがひょいと船に乗り込んで姿を消すと、
ミレーユはイザのほうを向き、無言で頭を下げた。

イザは声をかけた。

「ミレーユって、あの、ミレーユだろ?」
「…ごめんなさい王子様、あたし抜け出してきちゃった」

ミレーユの横顔が月に照らされて、少し悪戯な表情がイザにはよく見えた。

「こっちこそ、助けに行くって言ったのに」
「いいの、あたしは自力でここまでこれた、
でもあなたのご両親は自力では目覚められないに違いないんだから」

金色の髪が海風にふかれて耳をさらけ出し、耳には白い真珠のイヤリングがついているのがわかった。

「真珠は身につける人を邪気から保護し、困難を克服する力をくれる…。
あなたがくれた腕飾りがあったから、ここまで信じてやってこれたわ。
今度はわたしがあなたの役に立ってみせる」

細い腕が差し出された。

「ありがとう、そして…よろしくね」




あとがき

元はといえば、りんご茶さんがチビイザのイラストを描いていて
「あ、幼少パラレルもいいな!」とか思って書き始めたのでした。
昔ちょっとつながりがあって~というのがすごく好きなので。

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