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天球ギャラリー

小説、イラストの保存庫です。
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新世界のオルゴール13

二人がガンディーノを訪れてから大分建ったある日のレイドック城、王の間をイザとミレーユが訪れていた。
彼らの前に座るのは無論、国王夫妻である。
初老の国王とそれより少々若めの王妃は神妙な顔をした息子を見て不思議そうに声をかけた。

「なんじゃ、どうした。そんな顔をして」
「お父さん、お母さん」

イザは深呼吸をした。

「俺は、ミレーユと結婚したいと思いますが、どうでしょうか」
「なんじゃと!」

勢いよく立ち上がった王はマントの裾を踏みつけて前につんのめった。
慌てて王妃が王を支え、王は額に手をやりながら王座に座りなおした。

「息子よ、わしの息子だからこそ勢いよく行動するのはよくわかる。
しかし早すぎやしないか?
おぬしの準備はよくとも相手のほうはどうなのじゃ、考えたか?
大丈夫なのか?」
「あなた…それはイザじゃなくあなたのことでございましょ」

王妃は苦笑し、前に立つ二人に微笑んだ。

「わたしは反対しません。
イザ、あなたが決めることに迷いはないと思っています。
母さんは信じていますから」
「しかしな、シェーラ。いくらなんでも早すぎるのではないか?ん?
ミレーユのことは心配はしておらんが、その」
「自分の息子を信じられないんですの?困った父親ですね」
「シェーラ!」
「早すぎるとはいいますけれど、それは歴代レイドック王においてあなたが遅すぎただけではなくって?」
「うっ」

国王は若い妻に言いくるめられて言葉に詰まってしまった。



そういった様子を窓の外から伺っている影がちらりとだけ見えた。
昼間だというのに黒いマントを身に着けて、驚くほど気配を消しておりカラスのよう、
この豪奢な城には相応しくないその姿はまさしく祝賀会の夜にテリーに警告を突きつけた男であった。

「レイドックは世界の中心となる」

男はばさり、とマントを翻した。
黒いマントの内側は不思議な編み方で青い糸を絡ませた裏地がついており、裏地はいくつも先が分かれていて、ツバメの羽のように先にいくほど細く作られていた。見た目よりも頑丈そうで、つるんとした素材が太陽の光を浴びて嬉しそうに輝く。
斜塔の上から男は飛び降りた。
カラスのように広がった黒いマントは青い裏地にひっくり返され、みえなくなる。青い裏地は風のように男を滑空させ、レイドック城の裏庭へと導いた。
ふわりと地面に着くと、青は黒に隠れた。
まるでその存在を忘れてくれと言うように。

「神々は待っている、竜を目覚めさせる音を。
そして、新世界の誕生の瞬間を。
だがよいのかそれで、運命に翻弄されてよいのか?
自分自身がこうしていることさえ運命に決められていることで自分の意思ではないのかもしれない、と思う恐ろしさは知っているだろう?」

男の問いに答える者はいない。
ただそこにたたずむのは長旅を終えて休んでいる大きな馬車だけだ。

「運命の流れは大きくかえるのは難しい。
変えたいと思う強い願望、嫉妬や欲望に近い願望がなければ穴は開かないものだ。
神だけではない、私も待っている。
貴様ら神々の都合のいいあらすじに穴を開け泥を塗る機会をな…」

そう言って、男は口を閉ざした。
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真珠の繋ぐ想い(上)

※この作品は8年前の話です。イザは9歳で、ミレーユは14歳です。


「あれ、ここどこ?」

イザは顔を上げた。
レイドック城の庭でセーラとかくれんぼをしていたらいつの間にか眠ってしまったらしい、目を開けるとそこは城の庭ではなかった。
夕暮れの草むらは広々と優しく穏やかだ。城の庭とはまるで違う、さえぎるものが何もない広い草原、あちらこちらに花が咲いている。
ひらひらと一匹のモンシロチョウが舞い、イザの前を通り過ぎていった。

「セーラ?」

イザは最初に大切な妹のことを思い出した。
ここはどこであるかは置いておいて、まずは妹のことだ。
泥の入った皿を持ってきて、はいスープですよなんて出してくる、おままごとに夢中な5歳児だけど、イザにはかわいくてしょうがない唯一の妹だった。

しかし、見渡す限りの草原、イザの背後には森林があり、とてもセーラがいるようには見えなかった。
途方にくれたイザの顔の前を蝶がぱたぱたと飛んだ。
捕まえようと手を伸ばしたイザを呼ぶように、またひらりひらりとゆっくりと飛んでいく。

「まてよっ」

イザが追い始めると、蝶もひらひらと逃げて森の奥へと進んでいく。
蝶に導かれるように進んだイザは、不思議と、森の中へ行くことを怖く感じなかった。

木の根をまたぎ、枯葉を踏み鳴らし、すっかり暗くなった森の中なのに妙な明かりがさしていることに気付いた。
その明かりは先のほうからほのかに放たれていた。

「うわ…」

イザは思わず息を呑んだ。
木はそこだけ生えていなかった。
美しく、円を描くように白くて磨かれた丸い石が並べられており、中央には四角い石がある。
その石にはなにか刻んであるけれどもイザには読めやしなかった。
空を見上げるように石が置かれ、四角い石の周りの丸い石はぼんやりと光を放っている。
先ほどの森の中から見えた明かりはこの丸い石が放つ光だったのだろう、ひとつひとつは小さいが、円を描いて集まっていると、今が夕暮れだということを忘れるほど明るく感じた。

石に近付こうと一歩踏み出すと、踏みしめた枯葉がひときわ大きく鳴った。

「だれ?」

少し低めの女の声が聞こえた。
イザはどきっとした、こんな場所に人がいるとは思わなかったのだ。
イザが来たほうと逆のほうから、少女が歩いてきていた。
金色の髪、青い瞳、整いすぎた顔に細い手足。
粗末な白のワンピースに、履き古された青色の靴を履いて立っている少女が、イザにはこの神秘的な空間に住んでいる妖精のように思えた。

「僕はイザ」

イザにはとっさに妹の行方を聞くということしか思い出せなかった。

「小さい女の子を見なかった?僕の妹なんだけど」
「さあね、見てないわ」

少女は静かに答えた。
その言い方は大人びていて冷たく、イザの周りにいる人間たちに似ていた。
城にいる子供はイザとセーラくらい、あとはほとんど大人なのだ。

「こんなところに小さい子連れてきちゃ、あぶないわよ」

緊張して固まるイザを気にせず、少女は石のほうに歩き出した。
ここは彼女のよく知る場所なのだろう、イザは来てはいけない場所に来てしまった気がした。

「庭でかくれんぼしてたはずなんだけど」
「気付いたらここにいた?」

少女は小さく笑った。
人形のように凍った表情しかしないのかと思っていたイザは少女の微笑みに安心感を覚えた。
自分に姉は居ないけれども、姉が居るのもいいなと思った。

「あたしはミレーユ。あなた、この辺の子じゃあないわね」

少女はイザの服を指差す。

「この辺でそんな服着て歩いてちゃ危ないわ。
悪いけど、こっちの方には行かないほうがいい、ギンドロ組に身包みはがされるわよ」
「ギンドロ組…?」
「やっぱり知らないのね。…ううん、知らなくていいわ」

イザは自分の着ている服を改めて見た。
今日は半ズボンとハイソックス、靴、ベストとブラウスだ。
ベストは今日新しく衣装係の人が着させてくれた新しいやつだから、目立つのかもしれない。
そんなことをイザが考えていると、少女…ミレーユが声をかけてきた。

「とりあえず座ったら?」

ミレーユとイザは四角い石を挟み、向き合って座った。

「どこの子か知らないけど、結構いい生活してそうね。どこに住んでるの」
「レイドック城だよ」
「…レイドック城ですって?」

ミレーユは目を丸くした。
そして左右、背後を確認して唇に指を立てた。

「寝言は寝てからおっしゃい…!困ったわね、もうすぐ暗くなるのに。どうやったら帰れるのかしら」

最初会ったときは近付いてはいけないようなオーラを醸し出していたミレーユであったのに、今はイザのことを親身になって考えてくれている。
この人は悪い人じゃないんだな、イザは直感的にそう感じていた。

「あたしもね、弟を探してたのよ」

ミレーユは苦笑した。

「あの子ったらこないだ川に落ちておぼれかけて、今度は森で道に迷ってるなんて。
ほんとに手がかかるやんちゃ坊主だわ」

ミレーユは楽しそうに話して、ふとそこでいきなり黙った。

「ねえ、お城で暮らすってどんな感じ?」
「え?」

イザはミレーユを見つめた。
ミレーユは真剣だ。青い目が銀色がかって冷たそうに燃えている気がした。

「あたし、ガンディーノのお城にいくことになったの。
まだおかあさんたちには言ってないんだけど…」
「僕の家は、大臣のゲバンの家よりも地味なんだってゲバンが言ってたよ」
イザは顔色の悪そうなゲバンを思い出した。
「でも、ちゃんと庭もあるし、兵士たちもみんな優しいし」
「レイドックはいいところなのね」

ミレーユは目元を緩ませた。

「ガンディーノはどうかしら…」
「行きたくないの?」
「ええ、行きたくないの」

ぼんやりと光る足元を見ながら、うつむいてミレーユが言った。

「でもあたしが行かないと、大切な友達が行くことになるかもしれない。一回行ったら帰れないのよ、おとうさんともおかあさんとも、おとうととも会えない」
「レイドックだったら僕が家に帰してあげるのに」

イザは唇をかんだ。ミレーユは驚いたようにぽかんと口を開け、盛大に笑った。

「うふふふ、レイドックの王子様は立派ね」
「だってお城に来たら家に帰れないって変じゃないか」
「いいの、それが普通なのよ」

ねえ、とミレーユが言った。

「もし…あなたがおおきくなってガンディーノに来ることができたら、あたしを連れ出して。レイドックに連れて行って」
「うん」

イザは素直に頷いた。
一人くらい女の子を城に連れてきても両親は悪く思わないだろう。
ミレーユはとてもきれいだし、すごく大人のような話し方をするから大丈夫だろう、そうイザは一人で納得した。

「ちょっと」

ミレーユは立ち上がった。急にイザのほうに歩いてきて、イザの腕をつかむ。

「あなた透けてるわよ」
「えっ」

イザは自分の体を見下ろした。

「ミレーユ…!」
「帰るのよ、王子様、ここにいちゃいけないの…!」

ミレーユがつかんだ腕の感触が遠のいていく。
イザはとっさに腕につけていた飾りをミレーユの手に握らせた。

「おおきくなったらガンディーノにいくよ…!」

遠のくミレーユが返した言葉は小さくて、イザには聞き取れなかった。

新世界のオルゴール12

ミレーユを縛っていた想いは、少し呪いめいていたとイザは感じていた。
一人では歩くのに勇気が要るガンディーノを二人で歩くことで、
ミレーユを縛る呪いめいた想いが減っていけばと願っていた。

諦めがついたかもしれない、自嘲気味に呟いたミレーユの横顔をイザは見つめた。
細く長い睫毛が小さな涙の玉をはじき、ぱちぱちと上下する。
流れるミレーユの涙をイザは無言で拭った。

ミレーユは押し殺した声で低く言う。

「自分がかわいそう、だなんて本当は思いたくなんてないわ。
それって何かに負けてるってことだもの、でも本当は思いたかった」
「俺は」

イザは優しくミレーユの頭を撫で、胸に引き寄せた。

「つらいときはつらかったねって言われたいし、泣きたいときは泣けばいいって思う。そのほうがすっきりする」
「…イザって、本当に素直ね。誰よりも子供みたいなのに、誰よりも大人みたい…」

ミレーユは少し力を抜いたようだ。
イザは自分にもたれかかってくる少しの重みを感じながら、金色の髪を手で梳いた。

「わかってるの。それでも…それでもうまくいかない」
「俺は知ってるよ、ミレーユは色々辛い思いをして、頑張ってきたってこと。
強がりで、平気って嘘ついて青白い顔でいたこともあっただろ。
もっと俺を頼っていいのに」

ミレーユは答えず、話をかえた。

「おばあちゃんに助けられたとき、
夢占いの力で困ってる人の役に立てたら、どんなに嬉しいことだろうって思ったわ。
ただの占いとは違う、夢占いは先のことを見てアドバイスするの。
迷っているその人に光をさしてあげる。
一人で生きていく強さを得るために入る魔法使いギルドとは違うわ。
自分のことは占えない、けど、他の人の迷いを減らしてあげることが、
自分のためにもなるんじゃないかって思うの」

イザは思う。ミレーユは大体結論まで考えてから話すし相談する。
きっとグランマーズに弟子入りして夢占い師になりたいと言うのだとすぐわかった。

「ミレーユは、辛さとか苦しさを知ってるからいい占い師になると思う。
俺なんか結構ぱーっときちゃったし、いつも勢いでつい行動して…」
「でもあなたは、運は最高だと思うわよ」

あたしと正反対ね、とミレーユは笑った。

「ミレーユにはほんとにお世話になってるもんなあ…。
財布から食事から…バイキルトまで」

流石にこっ恥ずかしく、
最高の運はミレーユに会えた事だなどとは口が裂けてもイザには言えなかった。

「だから、辛いときくらい、泣いてもいいんだ。
あ、泣いてるところをみられたくないなら俺が隠すから」

ミレーユの目からつーっと涙の筋が流れた。
彼女は自分の涙に気付いたらしい、下を向いて上品に目元を拭い、
顔を上げて温かく微笑んだ。

「ありがと」

それから、二人はガンディーノのあちこちを回った。
ミレーユが希望する場所へ、イザはどこでも付き添った。

涙ぐんだときは抱きしめて、懐かしんだときは同意して、
二人はキンモクセイの温かい匂いが流れてくるまで昔のガンディーノに浸っていた。

新世界のオルゴール11

二人はゼニス王の城の一件の後、ガンディーノを訪れていた。
ミレーユは恥ずかしがったが、イザがあえて手をつなぐことを提案したので、
二人はガンディーノを手をつないで歩いていた。

その様子を見たギンドロ組の組員がシェリスタに報告を入れると、
シェリスタが紅茶がなみなみと入った高級なティーカップを机に叩きつけて立ち上がり、
あたしにも見せろ連れて行け邪魔をしてやると騒いだことを二人は知らない。

それはさておき、イザはガンディーノを訪れるたびにミレーユを守りたいと強く感じるのであった。
昔のこととはいえ、整理はできているとはいえ、まだ街を歩くミレーユは緊張している。
時折声をかけると普通に返事はあるものの、やはり普段よりは喋らない。

「ガンディーノは、花の街って別名があるのよ。
人は明るくなかったけど、花だけは明るかったわ。
私は、家と、そこだけは好きだったわ」

二人の前を、元気良く男の子と女の子が走り抜けていく。
騒ぎあい、楽しそうに無邪気に走り回る幼子を見て、ミレーユは顔をほころばせた。

「子供が気にせずに走り回れる街になったのね。
ガンディーノはかわったわ。…あたしもかわらなくちゃなのに」
「無理して変わる必要なんてないさ。そのときになれば変わるよ」
「ほんと」ミレーユはイザを小突いた。「イザって楽天家よね」
「頭を使うより手足を使う農作業が基本なもんでね」
「うそつき王子様」
「だって、ライフコッドのイザだった頃の記憶のほうが後に来てるから濃いんだ」
「ゼニス王も罪だわ、夢のプレゼントといいつつ人格矯正してるようなものじゃない?」

ミレーユはガンディーノに居ると発言自体がネガティブになる。
今日はケリをつけにきたのだ、このガンディーノに。

「…いきましょ、お城に」

イザはミレーユの手を硬く握り締めた。



城を訪れるとあの若い王は非常に喜んだが、皇太后に会いたいというと目を真ん丸くして驚いた。
それもそうだ、息子が塔に幽閉している位なのである。
どうしてまた母に会いたいとおっしゃるのです、と王が尋ねるのでミレーユは、

「私の運命をかえた人に会ってみたい、それだけです」

と短く述べて口をつぐんだ。



西の塔の豪華な一室の前には、暇そうに立っている兵士が居た。
事情を話すと、部屋の鍵を開けて通してくれることになったが、
「まだご自分が統治してると思ってらっしゃるので、ご機嫌を伺ってから入ってください」
と兵士は小声でイザたちを諭した。

「皇太后様、お聞きしたいお話があるのですが」

イザがそうたずねると、

「今は暇じゃ。入るがよい」

しっかりとした声で返事があり、ミレーユが一瞬びくりと震えた。



イザはミレーユを連れて中に入って頭を下げた。
皇太后は年こそ取っているものの背筋はぴんとしており、古風だがドレスの着こなしは一流であった。
身に纏う衣装や部屋の装飾品のどれもがガンディーノにおいては最高級のように見受けられる。
ギンドロの屋敷に少し雰囲気が似ていた。

イザが皇太后に前の王についてのことを尋ねると、皇太后はひとしきり王の若かりし頃のかっこよさについて語った。
そして、ふと口を閉ざすと、次に口を開いたときには女に目がないことについて話し出した。
皇太后はこう締めた。

しかし結局はわらわが一番じゃ、と。

ミレーユは話を聞きながら、客観的に皇太后を見ているらしかった。
昔に生きて、必死で王の寵愛を逃すまいとした正妃の姿を、
やり方は正しかったとは言えないけれども、失いそうなものを…
いや既に失っていたのかもしれないものを求める女の姿を。

「ガンディーノは花の街」

皇太后は初めて微笑んだ。

「わらわが嫁いできたとき、ガンディーノの城と街はとても暗く、全体が灰色じゃった。
わらわは、このガンディーノを花の街にすると決めたのじゃ。
実家のある町から色とりどりの花を取り寄せて植えさせて、領地拡大に熱心な陛下がガンディーノに目を向けてくださるようにと…。
…今は花がいっぱい咲いておろう、
わらわの大切なものは、この花の咲くガンディーノ、
陛下がお帰りになるまで、花を枯らしてはならないのじゃ」

イザは胸が痛くなった。
そうか、皇太后は王が亡くなったことを知らない…いや、認めていないんだ。
悲しいことに花の街でもあったが、別の意味でも花の街であった。
公的な売春・身売りが行われていたのだから。



礼を述べて二人は部屋を後にした。
部屋を出て、鍵をかけてもらい、階段を上り始めるとミレーユが口を開いた。

「あたし、皇太后もちょっとは変わってるかなと期待してたわ。
全然変わってなかった、そうよね、人なんて変わらないわよね…。
言っちゃ悪いけど、あんな人にも真っ当な信念があった、少なくともそこはあたしも好きなところだったわ」

なんだか悔しい、とミレーユは唇をかんだ。

「ずっと避けてた昔のことと向き合って…色々諦めがついたかもしれない」

ひまわりの魔法

けだるい暑さの中、イザたちは馬車の旅を続けていた。
ところどころに見える白い雲は綿菓子のようにやわらかくふっくらとしており、青い空は澄んでいて美しく、夏における理想の姿をしていた。

馬車の御者台に座ったイザとミレーユは、たわいもないお喋りをしながら、頭から被った布で汗を拭く。

「暑いなあ」

イザは困ったように、しかし楽しそうに言う。

「ライフコッドは山だからこんなに暑くなかった」
「あの場所は世界の中でもかなり高い所にあると思うわ」
「そっか、だからランドのやつ、この間レイドックに避暑地ライフコッドがなんとかって売り出してたのか」

流石、ランドは商才が有る。イザは故郷を思い出して笑った。
その様子をミレーユはなんともいえない顔で見つめていた。

「ん、どうかした?」
「いえ、なんでもない。ちょっと思い出しただけ」

ミレーユの言う「なんでもない、思い出しただけ」は触れて欲しくないもしくは触れてはいけない話だと、
イザは最近わかってきていたので突っ込まないことにした。

「あら、あんなところにひまわりがあるわ」

いままで下草しか生えていなかった地味な広い草原にぽつんと、黄色い花が咲いている。
のびのびと太陽の光を全身に浴び、太陽を見つめて空を仰いでいる。

「いままでなんにもなかったのに、珍しい」
「ひまわりじゃ、な」

イザは残念そうに言った。

「一本とってくるってわけにいかないよなぁ」
「そうね、とってしまったらかわいそうだわ」

ミレーユがくすくすと笑う。

「なんだよ、なんかおかしい?」
「あなた、花をとってくるような人だったかしら」
「え?」

イザは顔を赤らめ、ミレーユを直視できずに目をそらした。
ターニアがよく言っていたのだ、好きな女性には花を贈るものだと。
花束である必要はなく、一輪のほうが自然で美しいこともあると。
ターニアは花に詳しかった。

「馬車に庭があったらひまわり植えるのにな」

イザが惜しそうにつぶやくと、ミレーユはやはり驚いて、

「そんなにひまわりが好き?」

と返してくる。

「ひまわりって、元気になれる花なんだって聞いたんだ」

そうイザは返したが、ミレーユは明らかに疑いを含んだ視線で見つめてくる。

「そういうことにしておいてあげるわ」

イザはそっぽを向いた。
ターニアが教えてくれたのはひまわりの花言葉、「あなただけを見つめている」「あこがれ」だ。

好きでまっすぐ見つめられない太陽を、ひまわりならずっとまっすぐ見つめて追いかけてくれるんだから…
ターニアはロマンチックに語っていた。

「俺もひまわりみたいになりたいなあ」

ミレーユが、熱でもあるんじゃないの、と額に手を伸ばしてきてどきっとする。
逃げようと腰を浮かせるとバランスを崩してよろけてしまい、やはりミレーユに捕まえられた。
つかまれているところを意識してますます熱を上げながら、
いつ額から手を離してくれるかと、いや離してくれるなと、イザはぼんやりと悩んでいた。

そんなイザの様子を見ながら、ミレーユは手元にあった水筒を開けて口に水を含んだ。
ぱっとイザの口を上に開けさせ、唇を合わせて水を流し込む。

「しゃきっとして頂戴、あたしのひまわりさん」

太陽を背に背負っていたずらに笑うミレーユは、何をされたのか頭が理解できず真っ赤になるイザの頬をつねり、額を指でピン、とはじいた。

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