天使界は驚きと期待に満ちていた。いよいよ、最後となるであろう星のオーラを捧げて天の迎えを受けるときが来たのだと天使たちは語り合う。その中、主役と思われる少年が颯爽と歩いていた。ウォルロ村の守護天使ロト、イザヤールの弟子の見習い天使である。
子供っぽい柔らかそうな焦茶色の髪。そして意思の強そうな瞳は黒曜石のようである。師匠の頑丈そうな見た目と対照的にすらりとした身体をしていて…悪く言えば弱そうだ。ただ、剣を腰にさしているスタイルだけは非常に似合っている。
いま彼のもつ星のオーラを捧げれば世界樹は実を結ぶ。師匠と長老は既に屋上、タイミングは彼に任かされているといっても過言ではないが、彼は寄り道せず生真面目にもまっすぐ屋上目指して歩いていた。
「ロトー!」
「うあっ!」
手すりのない階段の背後からロトを突き飛ばした人物は微笑んで翼をはためかせた。
「ずるいぞーロトー!ロトで星のオーラ集める仕事が終わっちゃうかも!」
「ナイン!」
彼女はロトの双子の妹でナインと言う。兄妹と言えど双子なので大して差がなく育った二人だが、守護天使まで二人で行うわけにはいかない。仕方がなく誕生順ということでロトがウォルロ村を継いだのだ。だからナインの不満は兄もよくわかっている。
「わかったわかった、一緒にいこう」
双子の男と女は分かり合えるような分かり合えない感じだって師匠が言っていたっけ、ロトはナインに聞こえないように小さくつぶやく。
ナインは桜色のストレートヘアを肩まで伸ばし、女らしい華奢な体つきをしている。海色の瞳は藍玉のようで、ロトと並ぶと色は似ていないものの、宝石がはめ込まれているような目元がそっくりだ。鼻筋や笑った顔なども、この兄妹は本当によく似ている。ナインの腰には皮の鞭が括り付けられていた。
ロトとナインが天使界の屋上に着くと、長老オムイと師匠イザヤールが振り返った。
「来たかロトよ、そしてナインよ」
イザヤールはほほえましく言う。
「双子でも仲が良いのはいいことだ」
「誰かとは真逆じゃの」
オムイの笑い声にイザヤールは顔をしかめた。
「…ともかく、その星のオーラを捧げればおそらく女神の果実が成る。そして我々は神の元へ行くことができるという」
天使たちは薄暗い空を仰ぎ見る。
「そしてその道を開き、神の元へいざなうのは天の箱舟…さあ、ロト、ナインよ。おまえたちの持つ星のオーラを世界樹にささげるのだ」
見習い天使の兄妹が歩みを進める。
「せーの、」
四本の腕が星のオーラを掲げると、世界樹がきらきらと輝き始め、薄暗い空に金色の粉が舞った。
「す、すべては言い伝え通りじゃ…!」
後ろからオムイの興奮する声が聞こえる。線路もない広い空をこちらめがけて走ってくる金色の列車が見え、イザヤールも驚きの声をあげた。
「天の箱舟が来た…!」
箱舟が近くに停車したそのとき、一筋の黒い光が列車を貫いた。
「んなっ?!」
激しい音とともに金色の列車が落ちていくと、空には暗雲が立ちこめ始める。
「何が起こったんだ!」
「イザヤールさま!箱舟が地上にっ」
「馬鹿な!どういうことだ?!」
ナインが下を覗き込んだそのとき、何本もの黒い稲妻が地上から空へと突き抜けた。
「地震だ!」
イザヤールの叫びが聞こえ、ロトはオムイの手を引き世界樹の幹に捕まるが、あまりの揺れに立っていられず根にしがみついた。
「どういうことじゃ?!わしらは…だまされていたのか?!」
オムイの声が稲妻にかき消される中、ロトはナインの姿を探した。悲痛な叫びは激しい上昇気流に飲み込まれ、天使たちを嘲り笑うかのように地上から怪しい光が放たれる。
「ロト!」
ナインを探すロト自身が手を滑らせ宙に浮いてしまいイザヤールとナインが手を伸ばしたそのとき、一際大きな揺れが天使界を襲った。その振動で世界樹に実った果実が枝から落ちてしまった。
「ああ!果実が!」
「ナインやめろ、ロト、こっちへ!」
果実を掴もうと飛んだナインと宙に流されたロトを地上から巻き上がった風が飲み込んだ。それが最後であったかのように風は止み、抜け落ちた白い羽が数枚、ひらひらと階段の上に舞い降りていた。
「…ロト!…ナイン!」
イザヤールの叫びにオムイが目を開けた。二人の目に見えるのは何事もなかったかのような青い空と、明らかに何事かが起こって壊れた建物だけであった。
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