
セントシュタインの城からほどなく、シュタイン湖と呼ばれる湖がある。さほど大きくないが、緑が美しく、ベクセリアの山々とエラフィタ川を背にして今も昔も変わらぬ美しさを保っている。
大地震の後、平和なセントシュタイン地方にも魔物が増えたためシュタイン湖に向かう人の数は減った。その中、大きなカタツムリの魔物や猫魔導が徘徊する中を二人の天使そして妖精が一人歩いていた。三人は湖に着くと辺りを見回すが、黒騎士の姿は見えない。
「呼びつけておいて居ないとかどゆーことヨ?」
ガングロ妖精のサンディは不平を口にしつつ、待ってみる?と付け足した。
「待とう」
ロトは剣を鞘に戻し、木の幹に寄りかかった。
日も暮れ、湖面も赤く染まってきた頃、耐えかねたサンディが大声を上げた。
「ちょっとぉ、いくらなんでも待たせすぎじゃないっすか?!もう帰ろうよ、暗くなっちゃうじゃん」
そう言って帰る素振りを見せ、くるっとサンディは振り返った。
「なぁ~んてねっ、冗談冗談!ここまで待ったんだかそろそろくるデショ!ほら振り返ったらそこに…なぁ~んて、ぎゃあああああ」
「サンディ!」
「妖精…?なぜここに?…姫は?」
「あたしが見えてるっ、どゆこと?!」
ナインは背にサンディを庇って、黒騎士をしっかりと見つめた。
「あなたは姫になんの用なんですか?シュタイン湖に呼ぶなんて」
「答える必要は無い。お前たちに用は無い!」
馬に乗った騎士は重そうな槍を繰り出した。バチバチと槍に電気が走り、さっきまでナインが立っていた場所をなぎ払った。
「うわ、痛そう…!」
きっ、とナインは騎士を睨んだ。
「人の話を聞かないで槍で返すなんて酷い騎士さまね!」
「そんなこと言ってる場合か!」
ロトは腰につけた剣を抜く。
「僕たちは輪と羽根がなくたって戦える!でぃやああああああっ!」
騎士の槍を兵士の剣でつき返し、ロトは勢いをつけて騎士に飛び掛った。騎士は一度槍を腰元に引き寄せ、細かく突き出す。ギリギリのところで体を反らしてかわしたロトは馬の鼻面を蹴飛ばした。
「ヒヒーーーーン!」
その隙を狙ってナインのいばらの鞭が馬の足を捕らえ、騎士を馬の背から叩き落した。
「くっ」
騎士はすばやく体勢を立て直し、足を軸にして大きく槍を振り回して二人を寄せ付けまいとする。鞭が槍の軌跡を遮るように挟み込まれ、槍に鞭が絡みつく。ナインが鞭に全体重をかけて押さえ込む間にロトが騎士の首元に剣を突きつけた。
「答えろ、フィオーネ姫をさらう目的はなんだ」
「フィオーネだと…?あの姫はメリア姫ではなかったのか?!」
「メリア?」
ロトは怪訝そうに言った。
「誰ですかそれは」
「私は長い眠りについていた…眠りにつく前、私が婚約していた姫の名だ。ルディアノという国の姫で」
「じゃああなたはルディアノのメリア姫を探してたの?」
「ぶっちゃけまとめるとサ、フィオーネ姫と元カノを間違えちゃったワケ?ちなみにアンタが脅したお城はセントシュタインってゆーのヨ?」
黒騎士はうつむきながらためらいがちに答える。
「…姫が異国にさらわれたのかと思ったのだ。なんということだ……。言われてみれば、彼女はルディアノ王家に代々伝わる、あの首飾りをしていなかった」
「なんとまあ早とちりな騎士さまだこと。そんなに似てたの?」
サンディはため息をつく。
「だからわたし、人の話も聞かずにって言ったのよ」
と、ナイン。
「じゃあセントシュタインに危害を加えようとかではないんですね?」
ロトの問いに黒騎士は大きく頷き、
「私は深い眠りについていた。そして、あの大地震と共に、なにかから解き放たれるように、この見知らぬ地で目覚めたのだ。しかし、私は、自分が何者かわからぬほどに、記憶を失っていた。城下町であの異国の姫を見かけた時、ただひとつ思い出せたのが、メリア姫のことだった…すまなかった。私は謝りに行かなくては」
と立ち上がる。
「ちょっ、待った待った、アンタが行ったらまた誤解を招くって!」
「それもそうだな…」
騎士は腰に手を当てしばし考え込んだ。
「ではそのことはそなたらに頼もう。城の者達へ伝えておいてくれないか。私はもう城には近づかない、と。ルディアノ城では、きっと本当のメリア姫が私の帰りを待っている……」
馬を引き寄せ、彼は鉄仮面の向きを直した。
「待ってください、僕はロト、こっちはナインとサンディ。あなたは」
「レオコーン」
レオコーンは馬にまたがり、すっかり日の落ちた空を仰ぎ見た。
「私はルディアノを探しにいかなくては。頼んだぞロト、ナイン」
手綱を引き、馬は北のほうへと駆けていった。
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